恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
補佐はどうだろうかと気になって、私はホワイトボードの彼のスケジュールに視線を飛ばした。枠内はびっしりと文字で埋まっていて、帰社予定時刻の所には「直帰」と書かれていた。

私は怪訝に思った。彼のスケジュールの中に、一度会社に戻ってくるような予定の記載が見当たらなかったのだ。私が倉庫に行った時、そこには彼がいたはずだ。どういうことなのか気になってしまう。

たまたま途中で戻って来て、たまたま資料室に行き、たまたま遼子さんに会ったのか。そしてその後、再び外出したとでも?あるいは二人で密かに会う約束をしてあって、そのためにこっそり戻って来たとか――。

ただの妄想だと分かっていながらも想像は止まらず、私の気持ちは乱れた。放っておいたらますます暴走しそうなその妄想にブレーキをかけたのは、遼子さんの声だった。私の様子を見に来てくれたらしい。

「岡野さん、大丈夫?手伝いましょうか?」

はっと我に返った私は、どもりがちに答えた。

「お、お疲れ様です。えぇっと、今ちょうど出来上がったところです」

「あら……もう少しかかるのかと思ったのに。大変だったでしょ。お疲れ様」

「いえ、そんな……」

私はわずかに目を伏せた。いつもと変わらない遼子さんの笑顔を今は直視できない。

「それじゃあ、課長に報告して大丈夫なら、今日はもう帰りましょ」

「はい」

私はテーブルの上を片づけると、段ボールの箱2つに資料を移し替えた。

「一つ持つわ」

そう言って遼子さんは箱を持ち上げる。

「行きましょ」

笑顔で私をそう促してから、遼子さんは付け加えた。

「この後食事でもどうかしら?」

私はどきりとした。いつもであればふたつ返事で頷くのだが、今日の私は返事をするのに少しだけ時間がかかってしまう。

「えぇと、そうですね……」

しかし、結局迷ったのはほんの数秒だけ。いい機会かもしれないと考えた。一人でぐるぐる考えて迷路にはまり込んでしまうよりは、この際遼子さんに直接ぶつかって見た方がずっといいと思った。

「また今度にしましょうか?」

遼子さんは気遣うようにそう言った。

しかし私は頭を振って、彼女を真っすぐに見た。

「いいえ。ぜひ、ご一緒させて下さい」

そう言って浮かべた私の笑顔は、少し強張っていただろう。
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