恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
緊張していたことなどすっかり忘れ、私は強い口調で否定の言葉を口にした。

「確かに同期の中では、比較的仲がいい方だとは思いますけど、特にというわけではありません。ねっ、そうよね」

私は同意を求めるように宍戸を見た。いつものように軽いノリで調子を合わせてくれるだろうと思った。

ところが、宍戸はこれまで見せたことがない淡々とした表情で、私をちらっと見た。

「確かに岡野の言う通り、同期の中では仲がいい方ではありますけどね」

棘があるような言い方なのはどうして――?

私は問うように宍戸の顔を見上げた。

けれど彼は私を一瞥したきり何も言わない。そのまま補佐に目をやると、思い出したように告げた。

「部長が補佐を探しているってこと、伝え忘れる所でした」

そう聞いて、補佐の顔つきが変わった。

「部長?朝から何だろう。すぐに行くよ。教えてくれてありがとう」

「いえ。俺は先に戻って、部長に伝えておきます」

「あぁ、頼む」

宍戸は補佐に軽く会釈をすると、私の方を見ることなく急ぎ足で給湯室から去って行った。

宍戸の機嫌を損ねるようなことを、何か言ってしまっただろうか――。

同期の後ろ姿を見送った私は、考え込んだ。この短時間の中での出来事を振り返ってみたが、これといって思い当たることはない。

今度会った時に聞いてみようか、などと思っていると、補佐が言った。

「俺も戻るよ」

「は、はい」

宍戸の謎の行動のことをいつまでも気にしてはいられない。私は気を取り直して補佐に訊ねた。

「部長にもコーヒーをお持ちしましょうか?」

「そうだね。申し訳ないけど、用意してもらえるかな?」

「はい」

私は頷き、コーヒーを準備してトレイに乗せた。

「部長のお席までお持ちしますので、補佐はどうぞ先にお戻りください」

「いや、俺が持って行くよ」

「でも」

補佐はにっこり笑うと、ためらっている私からコーヒーカップを取り上げた。

「これから部長の所に行くのは俺なんだし、その方が早いだろ」

「分かりました」

その笑顔に負けて私は頷いた。

「では、よろしくお願いします」

「うん、ありがとう。手間かけたね」

にこやかにそう言うと、補佐は私の顔をじっと見つめた。
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