恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「橋本さん」

私も目を見開いてその人を見た。

「今お帰りですか。お疲れ様でした」

私は頭を下げた。

仕事で直接関わったことはないのだが、彼女は遼子さんと仲が良い人で、その関係から私のことも何かと可愛がってくれる人だった。

「さっき聞いたんだけど、この後の飲み会は行けないんだって?宍戸君も来るみたいだけど、行かなくていいの?彼、寂しがるんじゃない?」

からかうような口ぶりの彼女に、私は眉をしかめて反応した。

「どうしてそうなるんですか?宍戸と私はただの同期ですよ」

「そうなの?私、二人は付き合ってるんだと思ってたよ。もしくはその前段階とか」

一体どうすればそういう話になるのだろう。私は呆れた口調で言った。

「笑えない冗談はやめてくださいよ」

「私の勘違いというか妄想だったかな。でも、なぁんだ。密かに応援してたんだけどな」

だ、か、ら、その勘違いはいったいどこから?

相手が先輩だということを一瞬忘れそうになったが、なんとか平常心を保ちながら私は訊ねる。

「応援って、何をですか?」

私の目が笑っていないことに気づいたのかどうかは分からないが、彼女は自分でその妄想にブレーキをかけた。

「おっと、いけないいけない。こういうところ、旦那に怒られちゃうんだよね。お前は勝手にペラペラ喋りすぎだ、って。あ、私もそろそろお店に向かわなきゃ。引き留めちゃってごめんね。気を付けて帰るのよ。また明日ね!」

「はい……」

まるでつむじ風のように人を翻弄して去って行くその後ろ姿を、私は呆気に取られて見送った。

彼女は明るくて裏表がなくて豪快で、好きな人ではある。だけどごくたまに、今のように暴走してしまって周りを困惑させることがあるのだ。

それさえなければ、本当の本当にいい人なんだけど……。

しみじみとそう思ったら、深いため息が口をついて出た。

橋本さんが帰った後、ロッカールームにいるのは私だけだった。疲れがさらに加わったような気がして、のろのろと帰り支度をする。

こんな時には実家の晩ご飯が恋しくなるが、一人暮らしの自由さには代え難いと思ったりもする。
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