恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「つい意地悪したくなってしまった」

補佐は目を優しく細めて私を見ていた。

「意地悪……?」

私は目を瞬かせた。

補佐の顔に照れたような表情が浮かんだと思ったが、それはあっという間に消えてしまった。

「なんでもない。こっちの話。……ところでさ」

補佐の口調が変わった。

「今夜の飲み会は行くの?」

「え?あ、いいえ」

話題の変化に乗り切れなくて、私はぼうっとした頭で補佐の顔を見た。

「断りました。えぇっと、補佐は参加されるんですか?」

私の問いに、彼は首を横に振った。

「いや、俺も行かない。誘ってもらったけど、俺はいない方がみんな気楽だろうと思ってね」

「そんなことは……」

ないと思います――。

そう言いかけた言葉を私は飲み込んだ。今夜の飲み会はきっと打ち上げ的な意味がある。そうであれば補佐自身も言っているように、彼のような立場の人はいない方が場は盛り上がるだろうと想像できた。だから私は曖昧な相槌を打つだけにとどめたのだが、それと一緒に会話も止まってしまった。

コミュニケーション能力が高い人だったら上手に話を繋げて、例えば食事に誘ってみるなどするのかもしれない。けれど私には難しい。気の利いた言葉が頭に浮かばないし、せっかくのこの時間を活かす方法を知らない。

そんな自分をもどかしく思っているうちにエレベーターは目的の階に到着し、扉が無慈悲に開く。

補佐は扉を押さえながら、私に先に降りるよう促した。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

軽く頭を下げて、私は補佐の前を横切った。そのまま立ち去ってしまうわけにもいかないと、彼が降りるのをそのまま待った。

「気を遣わなくていいのに」

「いえ、新人の私が補佐より先に帰るわけにはいきませんから」

「本当に岡野さんは真面目だよね」

補佐はため息を交えながら笑う。

「行こうか」

その言葉に頷いた私は、長い足で歩を進める補佐の後ろを数歩離れ着いて行った。

外の空気に触れた瞬間に緊張から解放されたような気分になって、私はようやく全身でほっとした。このままここで補佐を見送ろうと頭を下げる。

「今日はお疲れ様でした」
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