恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「二人なんですが、大丈夫ですか?」

そう訊ねる補佐に、ご主人らしき大柄な男性がにこやかに応じる。

「カウンター席になるけど、いいですか?」

テーブル席はすでに埋まっていたから、私たちに選択の余地がないことは明白だったが、補佐は確認を取るように私を見た。

「大丈夫?」

これからまた移動するのは億劫だと思ったのと、入ってみたかったお店ということもあって、私は即座に頷いた。

補佐はご主人に言った。

「カウンター席で大丈夫です」

それから補佐は私の背にそっと手を触れると、カウンター席までは短い距離だというのに寄り添うようにして歩く。

その行動に、私はドキドキした。けれど、これはいわゆるエスコートなのだと自分を納得させて、うるさい鼓動をなだめようと努めた。

ご主人が私たちに声をかける。

「奥の方から座ってもらっていいですか?」

私は席の手前で足を止めた。この場合は奥の方が上座になるから、そこには補佐が座るべきだと思った。

しかし早速彼は私の考えを察したらしく、笑顔で言う。

「奥へどうぞ」

私は躊躇したが、補佐に再び目で促されて仕方なく腰を下ろした。

「岡野さんにはあっちの席の方が良かったんだろうけど。来る前に確認しておけば良かったね。だけど今夜は急にここで飲みたい気分になってしまってね」

補佐は私の隣に座ると、言い訳めいた口調で言った。

「いえ、ここのお店には前から来てみたいと思っていたので。連れてきて頂いて嬉しいです」

私は強張った笑みを浮かべながら答えた。

嬉しいは嬉しい、それは本当なのだが――。

パーソナルスペースを無視した、近すぎる彼との距離に落ち着かなかった。この狭すぎる間隔は心臓に悪い。椅子は床に固定されていて動かせず、ほんのわずかでも体の向きを変えようとするだけで、隣の補佐に自分の腕や膝がぶつかりそうになってしまう。右側には壁があって、まさかそちらを向いたままというわけにはいかないし、前だけを見続けているわけにもいかない。二人して前を向いたままでいるのはやや窮屈で、どちらかが相手の方に少し体を向けるような姿勢を取らざるを得ない。そもそもこのカウンター席というもの自体、親密な間柄にある人たちのためのものなのではないのか、などと思ってしまう。
< 40 / 112 >

この作品をシェア

pagetop