恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
4.ふたりで

引き留められて

通りに出たところで、補佐は足を止めた。

「お酒、無理に勧めてしまったのかな。申し訳ない……」

謝る補佐に、私は慌てた。

「飲んだのは自分の意志ですから。補佐のせいではないので気になさらないで下さい」

しかし補佐は申し訳なさそうな表情を崩さない。

「でも、やっぱりごめん。タクシーを拾うから、せめて家まで送らせて」

「いえ、そんな……」

私は遠慮の意思を示した。鼓動はまだ収まっていないのに、この上また狭い空間で隣り合って座ることになったら、これ以上は心臓がもたないのではないかと心配になった。

「お時間を取らせてしまうのは申し訳ありませんし、私なら本当に、もう大丈夫ですので」

しかし補佐は私の言葉を遮る。

「『俺が』心配なんだよ。一人で帰して何かあったら大変だろ?だから、ここは素直に頷いてほしい」

補佐はやや身をかがめて、私の目を覗き込んだ。

彼の言葉と声が私の耳を甘ったるくくすぐった。一瞬麻痺したように頭の中が真っ白になったが、すぐに冷静さを取り戻す。

――これは親切心からの申し出なのだ。自分に都合のいいような展開を期待してはいけない。それ以前に、こんな地方都市の片隅で何かなんて起こるわけがないんだから。

自分にそう言い聞かせて、私はなおも告げようとした。

本当に大丈夫ですから――。

ところがそれよりも先に補佐が口を開く。

「あの時も、こんな感じのやりとりをしたよね」

彼はくすっと思い出し笑いをする。

「あ……」

会話の流れが変わったことで、私は出かかっていた言葉を飲み込んだ。

「そういえば、そうでしたね…」

相槌を打って答えながら、私は微妙な気持ちをにじませながら微笑んだ。

初めて補佐に会うことになった懇親会の夜、結局は一緒のタクシーで帰ることになった私たち。不調を訴える彼を、私はやむを得ず部屋へ上げることになった。そして、あの日聞いてしまうことになった彼の寝言は、あれからずっと私の中にいつまでも抜けない棘のように残っている。その感情の名前を、今の私はもう知っている。これは「嫉妬」だ。

私がそんな黒い感情を抱いていることを補佐はきっと知らない。できれば知られたくはない――。

強くそう思う私の前で、補佐はその時のことを悔やむように言った。

「あの日君を送るつもりでいた俺の方が、岡野さんに迷惑をかけてしまったんだったな」
< 43 / 112 >

この作品をシェア

pagetop