恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
私はおずおずと訊ねた。

「もしかして、まだ気にされているのですか?」

あの一件についてはもう「終わり」にしてくれて構わないのに、と思う。その翌日すぐに私を訪ねてきた補佐は、お詫びとして十分すぎる礼を示してくれたのだから。

「私は迷惑だったなんて思っていませんでしたし、だからもう本当に気になさらないで下さい」

「ありがとう。でも、自分の失態が許せないというか、忘れたくてもなかなかできなくてね。あんなことは本当に初めてだったんだ。でも安心して、今日は大丈夫。これからも気を付けるから」

「これからも……?」

最後の方にひと言が気になった。そこに深い意味はないと分かっていたが、補佐の言葉に私の心が揺れる。

「そう、これからもね」

まるで念を押すかのように、補佐はそのひと言を繰り返した。ほんの少しの茶目っ気を含ませながら。しかし、私から視線を外すとためらうように続けた。

「だけど岡野さんは、俺といるのはやっぱり緊張する?」

そう問いかけられて、私は補佐の顔を見返した。

少しだけ答えに迷ったものの、結局私は正直に答えた。

「緊張します」

補佐は苦笑いを浮かべた。

「即答なんだ」

そのまま気まずい雰囲気になりたくなくて、私は急いで言葉を探す。

「でもそれはたぶん、私自身の問題なんです」

本当の理由――彼に心を寄せていることは言えない。私はこうも付け加えた。

「補佐と私とでは立場が全然違いますから……」

「立場?」

「補佐はエリートで、将来の役員候補なんですよね?私はこの前入社したばかりの新人です。本当なら、そんな方とこんな風にご一緒できるような立場ではないという意味です」

補佐の顔に苦笑が広がった。

「岡野さんは、俺のことを買い被りすぎてるよ」

その声に不満そうな響きを感じ、私はうつむいた。

「買い被りではありません。補佐のお仕事ぶりは社の誰もが認めていますし、取引先の方々からの信頼も篤い。社長や他の役員の方々と一緒に行動されることも多いと聞きます。そういう話を聞く度に、私とは別次元の方なんだと改めて思うんです。だから、緊張しない方がおかしいんです」

「それなら、初めて食事した時も?今みたいに緊張していた?」

「はい」

私は頷いた。けれど本当は、あの日の緊張の種類はちょっと違っていたと思う。なぜならあの時はまだ、補佐のことは「気になっている」程度で、「恋心」は生まれていなかったから。
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