恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
補佐は大きなため息をつく。

「俺は普通のサラリーマンで、仕事するくらいしか能のないつまらない人間なんだけどね」

「そんなことありません。補佐が普通だったら、私はそれ以下ということになってしまいます。それに私は、補佐と一緒にいてつまらないなんて思ったことはありません。それどころか楽しくて……」

「それなら……もう少し気楽に接してくれたら嬉しいんだけどな」

「気楽に、ですか……」

「そう。難しいかな?」 

難しい――そう答えようと思った。けれど、私の返事を待つ補佐の顔を見たら、ここは頷いた方いいと思ってしまった。

「……努力は、してみます」

補佐が嬉しそうに笑う。

「うん、よろしく。会社の中で自然に話せるのは岡野さんくらいなんだ。だから正直に言うと、岡野さんが俺に対して壁を作っているようなところ、少し寂しく感じてる」

「えっ……」

私はどきりととした。補佐の言葉の一つ一つが私の心を揺さぶる。今の「寂しい」の意味も、その真意を知りたくなってしまう。

「酔っていらっしゃいますよね」

私は決めつけた。そうした方がきっと、いい。その方が傷は浅くて済むはずだから。

「そうかもしれないね」

補佐は素直にそれを認めて小さく笑った。

「でも、この前みたいなことにはならないから大丈夫。でも、どうしてだろうな。自分でも不思議なくらい、君といる時は気が緩んでしまう」

それを聞いて、私の鼓動は再び早くなる。

「補佐はどうして……」

私を翻弄するようなことばかり言うのですか――。

直接彼にそうぶつけたくなるのを、私は飲み込んだ。

このままずっと補佐と一緒にいたら、勘違いを起こしてしまう。そうなる前に、もう帰った方がいい。

「補佐、帰りましょう。タクシーを拾います」

私は補佐の返事を待たずに、通りを流して走るタクシーをつかまえようとした。

「岡野さん、待って!」

補佐の声に反射的に振り向いた時、彼の手が私の手首をとらえた。

予想外だったその行動に驚いて、私はその場に固まった。掴まれた手首から彼の体温が伝わってきて、どきりとする。力強い彼の手を自力で解くことができない。私は戸惑いながら、補佐を見上げた。

そんな私の視線に気がついて、彼ははっとした様子を見せた。慌てて私の手を離し、動揺が見て取れる両の瞳を揺らしながら、彼は謝罪の言葉を口にした。
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