恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「いきなりごめん……。大丈夫?痛かったよね。すまない」

「いえ、痛くはありませんが、驚いてしまって……」

私は彼に掴まれていた自分の手首を、もう片方の手でそっと覆った。
  
これまでの短い間、補佐のことを直接知る機会は数えるほどしかなかった。そんな中私の目に映る彼は、いつだってスマートで颯爽としていて、穏やかだけど冷静な表情と態度を崩さない人だった。だからまるで真逆のような、熱を感じる行動はとても意外に思えた。

私はおずおずと訊ねた。

「どうか、されたのですか?」

補佐はためらうような表情を浮かべたが、すぐに穏やかな顔に戻って言った。

「もう少しだけ、つき合ってくれないか」

「え?」

聞き間違えかと瞬きする私に、補佐はもう一度ゆっくりと言った。

「俺の酔い覚ましに、つき合ってもらえないかな」

「酔い覚まし、ですか……?」

戸惑いながらもその誘いを嬉しく思った。けれどすぐには頷けない。

少しでも長く彼と一緒にいたいと思っているのは本当だ。しかしこれ以上傍にいたら、より強く彼に惹かれてしまうことが予想できて怖かった。

私の沈黙を、補佐は「否」と解釈したようだった。不自然さを感じる明るい声で短く言う。

「忘れて」

「いえ、あの……」

「帰ろうか」

補佐は通りに目を向けた。

彼の横顔が目に入った瞬間、私は弾かれたように顔を上げ、そして言ってしまった。

「私で良ければ、お付き合いします」

「えっ?」

驚く補佐に私は重ねて言った。本当は彼の傍にいたいだけという本心を隠して。

「心配なので……。ご自分では自覚がないようですが、今夜の補佐も酔っていらっしゃいますから」

「本当に、この前ほど飲んでいないんだよ」

「いいえ」

と、私は強い口調で返した。

「確かにこの前ほどの量ではないと思いますが、絶対に酔っていらっしゃいます。そうでなかったら……」

私をあんな風に引き留めたりはしないと思う。表情を揺らす私に彼は訊ねた。

「そうでなかったら、何?」

「なんでもありません」

私は彼の視線から逃げた。

補佐の顔に怪訝な表情が浮かんだが、それ以上追及しようとは思わなかったらしい。彼は私を促した。

「近くに公園があったはずだから、そこまで行こう」

「はい」

私は補佐の後を追った。
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