恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
それは補佐の耳にも届いた。

「どうかした?」

何を思っていたか悟られたくない。私は首を横に振った。

「なんでもありません」

私は再び夜空を見上げると、わざと明るい声で言った。

「それにしても、今夜は本当にお月見日和ですね」

そうだね――。

そんな言葉が返ってくるだろうと予想していた。けれど補佐は静かな声で私に訊ねた。

「何を考えていたの?」

私は無言でそのまま自分の手元に目を落とした。

私の言葉を待つように、補佐がじっとこちらを見つめているのが分かる。

本当の事は言えない。適当な理由もすぐには思い浮かばない。困った私はさらに口をつぐみ、うつむいた。

「ねぇ、岡野さん」

補佐の静かな声がした。

「何を気にしているの?」

私は顔を上げずに答える。

「何も……」

そう言ってから気づく。彼の尋ね方は、私が何かを気にしていることが前提となっている。

「本当にそうかな?」

黙ったままの私に、補佐はなおも言葉を重ねる。

「時々考え込むような顔をしたり、俺から目を逸らしたりするのはどうして?」

私の胸がどきりと鈍い音を鳴らす。


「そんなことは……」

否定しようとする私を制するように、彼は続けた。

「今だってそうだよね」

そこでいったん補佐は言葉を切る。

「君が俺に対して壁みたいなものを感じていることは、理解しているんだけど。……話してみない?」

「いえ、それは……」

言えない。

「俺には言いにくいこと?」

「……」

もちろん言いにくい。

補佐は距離を詰めるように、だんだんと核心に迫ってくるように問い続ける。

答えられない私はますますうつむいた。

「ごめん!」

口調を変えて彼は謝った。

「これじゃあ、まるで尋問だよね」

「いいえ!」

私は弾かれたように、ようやくここでぱっと顔を上げた。

「私の態度が補佐を不快な気分にさせてしまったのでしたら、私の方こそ謝らなければいけませんから」

そう言って彼に頭を下げながら少しほっとした。この流れであれば、ひとまず彼からの質問攻めは終わりそうだ。息苦しくなるような緊張状態から、もう解放されると思ってもいいだろうか。

そう思いながら、補佐の表情を伺うようにちらと目を上げた。不意打ちを受けたのはその時だ。
< 48 / 112 >

この作品をシェア

pagetop