恋愛下手の恋模様～あなたに、君に、恋する気持ちは止められない～

宍戸は補佐に一礼して立ち去ろうとしたが、つと足を止めて私を振り返った。

「岡野、連絡する」

「え？」

話は映画のことであって、もう終わりじゃなかったの？

疑問に思いながら宍戸を見たが、彼はちらりと私を一瞥しただけで大股歩きで去って行った。

何を考えているのかさっぱり分からない――。

釈然としない気持ちで同期の後ろ姿を見送ってから、私は補佐に向き直り改めて挨拶した。

「おはようございます」

昨夜のことが色々と思い出されて、少し照れ臭い。

「おはよう。岡野さんも早い出社だね。仕事？」

「いえ、私の場合はそういうわけではなくて……。昨日は色々とありがとうございました」

「こちらこそありがとう。楽しかったよ」

補佐の笑顔に見とれてしまいそうになる。私は眉間に力を入れてぐっと堪えた。

私の表情に何を誤解したのか、補佐が申し訳なさそうな顔をして言う。

「邪魔してしまった？」

「何をですか？」

その意味をすぐに理解できず、私は訊き返した。

「難しい顔で宍戸と話していたようだったから」

「あれは……」

私は苦々しい顔で言った。

「夕べの電話の内容が何だったのか、確認していただけです」

「でも」

と、補佐は宍戸が去った方向に目をやった。

「宍戸は君に何か伝えたいことでもあったんじゃないのか？」

「伝えたいこと？なんでしょう。特に何も言っていませんでしたが……」

「ふぅん…」

補佐は私をしげしげと見た。

「なんというか……」

首を傾げている私に、補佐はため息交じりに言った。

「ほんの少し宍戸に同情してしまうな」

「え？」　

補佐の言葉は意味深だった。

その意味を確かめたいと思ったが、彼は時間を気にしてか腕時計に目を落としている。

「そろそろ戻るよ」

「はい、お疲れ様です」

「予定に変更が出てしまって、会社の近くの取引先だったから一度戻ってきたんだけど」　

そう言いながら、補佐は自動販売機にコインを入れた。缶コーヒーを取り出してから私を見て微笑んだ。

「そのおかげで岡野さんの顔が見られた」

「っ……」

絶句する私に彼は軽く片手を上げる。

「それじゃ、またね」

「は、はい」

私はどきどきする胸をなだめながら、颯爽と休憩スペースから出て行く補佐の後ろ姿を見送った。

深い意味などない言葉だったのかもしれないけれど、そういう言葉一つ一つが私の心を揺さぶるのだ。

人を嬉しがらせるような言葉を簡単に口にしないでほしい――。

声を大にしてそう言いたかった。