恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
髪を乾かそうとしてドライヤーを手に取った時、洗面台に置いた携帯が鳴り出した。誰だろうと思いながらも、予感があった。そして案の定、宍戸の名前が画面上に表示されていた。

連絡すると言っていたその電話だよね、たぶん……。

鳴り続けるコール音を無視できなくて、私はドライヤーを置いて電話を手に取った。

「もしもし……」

―― 岡野?

わずかな間を置いて、電話の向こうから宍戸の低い声が聞こえてきた。

「はい……」

―― 今、いい?

「……できれば手短にお願いしたいんだけど」

私は鏡に映る自分の姿を目に入れた。濡れたままの髪が首筋にひんやりと当たって、嫌な感じがする。早く乾かしたい。

ところが宍戸はこんなことを言い出した。

―― これから会って話したいことがあるんだ。

「えっ!」

私は慌てた。今日はもう何の予定もないからと入浴を済ませたわけで、今はこんな状態だし、相手が宍戸じゃなくても他人の前にはとても出られない。

「あの、また改めてということでお願いしたいんだけど……」

―― 今、話したいことなんだ。

いつもより落ち着き払った様子の宍戸は、知らない人のようだ。

困惑していると、彼はさらに私を動揺させるようなことを口にした。

―― 実はもう、岡野のアパートの前にいるんだ。

「ええっ!」

予想外のことに焦った私は、手を滑らせて携帯を落としそうになった。

「ちょ、ちょっと待って!うちの場所、どうして知ってるの?」

私の反応は想定内だったのか、答える宍戸の声は落ち着いている。

―― 別にストーカーしてたとかじゃないからな。同期のみんなで飲んだことがあっただろ。あの時、帰りのタクシーに一緒に乗ったじゃないか。最初に降りたのが岡野でさ。それで覚えていただけだよ。

「あ、あぁ、あの時ね……。で、でも、それにしたって、どうしてそんな急に」

―― 俺にとっちゃ、急でもないんだけどね。一応聞くけど、前もって二人で会って話したいって言ったら、岡野は時間作ってくれたか?

含みのある宍戸の言い方に、まさか、と思った。今さらだけど、宍戸の『らしくなかった』態度や補佐がもらした意味深な言葉が、今繋がったような気がした。
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