恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
信じられないけれど、これってもしかして、そういうこと……?

察しながらも私の心はまだ抵抗を続けている。その話から逃げたいと思っている。

「それは、内容にもよるかな……」

ここで宍戸の話を聞いてしまったら、この同僚とはこの先、今までと同じようにはつき合えないんじゃないかと思った。それはとても寂しい。

そんなずるいことを考える私に、宍戸はなおも静かに言った。

―― 少しでいいんだ。話を聞いてくれないか。

宍戸ってこんな人だっただろうか……。

大人の男性然としたその雰囲気にのまれそうになって、すぐに言葉が出ない。仲のいい同期としてしか見ていなかったのに、確かに彼は異性なのだと改めて気づかされたような思いがした。

ここで逃げてしまったら、これからもずっと宍戸から逃げることになる?

そう考えて、それは嫌だと思った。だから、自分にも念を押すような気持ちで私は宍戸に訊ねた。

「それは、今じゃなきゃ、だめなのね?」

彼は短く、けれどはっきりと答えた。

―― あぁ。

気持ちを落ち着かせようとして、私は長く息をはいた。宍戸に向き合うことを決める。

「分かった……」

電話の向こうの沈黙はほんの数秒。宍戸は言った。

―― ありがとう。

しかし彼の前に出るにはまず、自分のこの姿を多少は見られるような状態にしなくてはならない。

「少し待ってもらえる?」

―― あぁ。

電話を切った後、これで良かったのかと後悔がちらりと頭をかすめた。しかしそれを打ち消して、私は大急ぎで髪を乾かした。少し湿り気が残っているが、後は自然に任せることにしてバレッタで簡単にまとめる。顔には軽くパウダーをはたき、さっと眉を描く。

とりあえず、これでいいか……。

最後にもう一度だけ自分の姿を鏡で確認すると、私はサンダルを履いて玄関に降りた。ドアの小さなのぞき穴から外の様子を伺うが、そこから見える場所には誰もいない。

アパートの前にいるって言っていたけど――。

私は外に出ると閉めたドアを背に立ち、宍戸を探して辺りを見回した。

いた……。
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