恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「全然そんなんじゃない。離して――」

否定し、抗う私の声は、宍戸の耳には届いていない。彼の吐息はますます熱を帯びていく。背中に回したその腕で私を絡め取ろうとしながら、唇を私のこめかみへと滑らせた。

「宍戸、お願い、離してったら!」

私は声を振り絞りながらそう言うと、もがきながら首を反らし顔を上げた。ちょうど目の前に彼の顎が見えて、私はそこに思いっきり歯を立てて嚙みついた。

「いって……!」

それはけっこうな痛みだったんじゃないかと思う。その痛みと驚きとで、宍戸はようやく私から腕を離し、私に噛まれた部分をさすりながら苦笑を浮かべた。

「まさか嚙みつかれるとは思わなかった」

悪びれもせずに平然としている宍戸に、私は震えるほどの怒りを感じていた。

「どういうつもりなの。からかってるの?」

「ごめん。悪かったよ」

実際はたいして悪いとは思っていなさそうなその顔に、平手の一つもお見舞いしてやりたいと手が出そうになった。

それなのに、宍戸は飄々としてこんなことを言う。

「お前のことあまりにも好きすぎて、我慢できなくなった」

「っ……!」

私は両手を握りしめた。

「最低!信じていたのに」

自分をにらみつける私に動じることもなく、宍戸は私を見返した。

「信じる、ねぇ……」

壁に背を預けて、宍戸は苦々し気に唇を歪めた。 

「岡野は、俺のことを無害な男だと思ってたんだよな。全然意識もしてなかったみたいだし」

宍戸は腕を組むと私を横目で見た。

「岡野は俺のことなんとも思っていないから、ドアの内側にあっさりと入れたんだよな。しかもあんな格好でさ」

「それは、宍戸を信頼してたから……」

「信頼って、どういう意味で?」

「どういう意味って……。言葉通りよ」

怒りはまだまだ収まっていない。それなのに、暴挙を仕掛けてきた張本人と私は会話を続ける。どうしてと思いながらも、私の口は動く。

「宍戸は頼りになる同僚で、気兼ねなく付き合えてたから、できればずっと仲よくやっていけたらいいなと思ってたわよ。……残念ながら、それも今日で終わりだけど」

宍戸は乾いた声で笑った。

「信用ガタ落ちだな」
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