恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「何をばかなことを……」

自分の身に降りかかった、災難のような事故のような出来事を思い出して、私は全身が熱くなった。

それに気が付いて、宍戸はにっと笑う。

「またフライングされたくなかったら、さっさと補佐にフられて俺の所に来いよ。いくらでも甘やかしてやるから」

「っ……!」

私は呆気に取られた。こんな気障なセリフを聞いたのは生まれて初めてだ。宍戸らしいと言えばらしいような気もするけれど。

私の動揺する様子に宍戸は満足そうに、けれど少し意地悪そうに唇の端に笑みを刻むと、ドアノブに手を伸ばしながら付け加えた。

「後でどうなったか、ちゃんと教えてくれよ」

「どうして教えなきゃならないの」

宍戸は私を可笑しそうに見てくつくつと笑った。

色々と見透かされているようで、ものすごく悔しい。

「もう帰って」

私は腕を伸ばして、彼の背をドアの方へと押し出そうとした。

その一瞬だった。宍戸が振り返りざまに私の唇を塞いだのは。

「ん、んーっ……」

驚いて突き飛ばそうとする私よりも早く、宍戸は素早く私から体を離した。

「な、なんなのよ!」

睨みつけた宍戸の顔には、満足そうな色がちらと浮かんでいた。

「別の男とのためにわざわざ好きな女の背中を押すなんてお人好しは、俺くらいだろ。お礼は今のキスってことで勘弁しといてやるよ。ってことで、また会社でな」

「…!」

「あ、そうだ。岡野ってけっこう胸あるんだな。お前が部屋から出てきた時、試されてるかと思ったわ」

「宍戸っ……!」

今度こそ手が出そうになったが、残念ながら、宍戸が私の前から姿を消す方が早かった。憎たらしいほど鮮やかすぎる去り方だった。じわじわとお腹の底の方からとてつもない怒りがこみあげてきたが、目の前に今それをぶつける対象はいない。

やっぱり一発くらい殴ってやればよかった。今度会ったら絶対にやってやる――。

私はそんな物騒な決意を固める。宍戸が残していった唇の感触をきれいさっぱりと消し去るために、何度も何度も手の甲で唇をごしごしと拭った。
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