恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
仕方のないこととは言え少し寂しく思いながら、私は彼の横を通り過ぎようとした。

ところが、宍戸の手に突然腕を捕らえられた。ぎょっとして私はその手を振り払う。

「やめてよ、こんな所で」

私は彼を睨みつけた。

「あ、ごめん」

宍戸はあっさりと手を放した。それからふっと身をかがめて、私の顔を覗き込んだ。

「何……?」

私は警戒して後ずさった。

しかし宍戸は私の顔から視線を外さない。しばらくの間じっと見ていたが、体勢を戻すと心配そうな顔をした。

「岡野、大丈夫か?顔色、あんまり良くないみたいだぞ」

「え、そう?」

私は反射的に頬に手を当てたが、はっとして固い表情を慌てて作る。この前のことを完全に許してはいないことが伝わるように、私はつっけんどんに言った。

「光の加減でそう見えるだけでしょ」

宍戸は私の口調にむっとすることはなく、気がかりそうな顔で私を見ている。

「そういうんじゃないだろ」

「もしかして、心配してくれてるの?」

あんなことをしておきながら――。

言外にそんな皮肉を込めたつもりだったが、宍戸は真顔で頷いた。

「あぁ、心配してる」

真面目に返されてしまった私の方が戸惑ってしまう。

怒りを持続できない――。

私はぼそぼそと礼を言った。

「それは、ありがとう……」

「ここ最近元気なかったみたいだから、気になってたんだよ。大丈夫なのか」 

私を気遣う言葉を口にする宍戸から、私は目を逸らした。自分の意志に反して、涙腺が緩みそうになるのを隠したかった。

「顔色もあんまり良くないしさ。遼子さんがやめて、一人で仕事とか抱え込んだりしてるんじゃないだろうな。課長とかにちゃんと相談して……」

私はうつむいたまま宍戸の言葉を遮った。

「それは、大丈夫」

仕事の量に関しては、上司も先輩もしっかりと配慮とサポートをしてくれているから、宍戸が心配するようなことはない。顔色が冴えないのは、気を張り続けていることからきている寝不足だ。心細いのは、単に自分の気持ちの問題だ。それでも、宍戸が私の様子をおかしいと感じて優しい言葉をかけてくれたことが嬉しく、涙がにじみそうになる。

今の私は弱ってる――。 

「そろそろ行かなきゃ」

宍戸に弱い自分を見せたくない。私はこの場から逃げようと歩き出した。

それを宍戸の声が止める。

「岡野」

背を向けたまま立ち止まる私に、彼は言う。
< 69 / 112 >

この作品をシェア

pagetop