恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「早くいつものお前に戻ってくれよ。そうでないと全然張り合いがないし、困る」

言っている内容は憎たらしく聞こえたが、その声は優しい。

「困るって何が」

いつの間にか鼻声になっている私に、彼はにっと笑った。

「早く決着つけてくれってこと。ぐずぐずしてるとチケットの期限切れるぜ」

そう言うと宍戸は大股歩きで、もと来た方へと歩き去った。最初はゆっくり、けれど途中で急ぎ足に変わった。

私は指先で目尻を軽く拭いながら、まさかと思う。

もしかして、わざわざ足を止めてくれた?私を励まそうとしてくれた?

本当はどうなのか分からなかったが、それはありえそうな気がした。口は悪いけれど優しいあの同期なら。

嫌いになれない――。

苦笑とともにため息を吐き出した後、私の口元は自然と綻んだ。なんだかんだ言いながら、私はすでに宍戸のことを赦しているのだと思う。

その日から、少しずつではあったけれど私の気持ちは落ち着き始めた。状況に慣れてきたからなのか、開き直ったからなのか。それとも、私の気持ちを察してくれている誰かがいるということに、安堵と力強さを感じたからなのか。その誰かが宍戸だったから、というわけではないとは思うが。

そうなると、今度は新たな悩みが生まれていた。宍戸から押し付けるように渡された映画のチケットのことだ。

忘れたふりをしようかとも思ったが、すぐにそれは無理だと考え直す。宍戸を延々と避け続けるのは、私自身が退職でもしない限り不可能だ。いや、連絡先も住まいも知られているのだから、退職したとしても無理か……。それ以前にそんな理由で会社をやめたくはない。

それよりもまず、山中部長補佐にどうやって近づけばいいのか。会社ではなかなか会えないし、個人的に話すチャンスもない。業務用の携帯は持っているはずだが、そこにかけるのもどうかと思うし、個人の連絡先も知らないから、あとは偶然を待つしかない。

チケットの期限まであと一か月と少し。やっぱりこのまま知らんぷりを決め込むか。でもそうなると、私自身、また結論を先送りするだろうことは目に見えている

私はロビーを歩きながらぐるぐると考えていた。今日は久しぶりに外での用事を仰せつかって、戻ってきたところだった。エレベーターホールの前で立ち止まり、エレベーターの到着を待つ。

背後から名前を呼ばれた。

「岡野」
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