恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
8.約束の日

待ち合わせて

今夜はついに山中補佐との約束の日。それなのに残業になってしまった。

今日の仕事を終えた私はパソコンの電源を落としながら、ため息をついた。

平日の夜に約束を取り付けることになってしまったのは、仕方がなかった。お互いの都合が合ったのが、チケットの期限ぎりぎりの今夜しかなかったのだ。週末の休みという頭は最初から私にはなかった。なぜなら、それはいかにもデートへの誘いのようで気恥ずかしいと思ったからだ。

オフィス全体を見回しながら、私は補佐の席を確かめる。まだ戻ってきていないようだ。スケジュール表に書かれた帰社予定時刻は大幅に過ぎていたが、訪問先はそれほど遠い所ではなさそうだ。会社に連絡は入っていないようだから、何か問題があって遅れているわけではなさそうだ。

今夜のことをどうするかは、後で連絡を入れてみることにしよう――。

そう考えて、私は自分の机の上を片づけた。上司たちに挨拶をして、小走りでロッカールームへと向かった。

途中で他部署の人とすれ違い、挨拶を交わす。

「お先に失礼します」

そう言ってロッカールームへ足を向けようとした時、手にしていた携帯が震えた。画面を開いて見ると、補佐からメッセージが届いていた。そこには、会社に着くまではあと一時間ほどかかりそうだと書かれていた。

私ならそれくらい待てると思ったけれど、補佐は疲れているかもしれない。早く帰りたいと思っているかもしれない。残念だけれど、今夜の約束は取りやめにした方がいいのではないかと思い、私はこう返信した。

今日はやめましょうか――?

そう打ってから、私は苦笑する。自分の気持ちに決着をつけるための機会を、また先に延ばすことになりそうだと思った。

補佐からの返信は早かった。そうしようという返事に違いないと、諦めながらメッセージを開き文字を拾い始めた。しかしすぐに私の目の動きは止まる。

『映画は無理だけど、もし岡野さんさえ良ければ食事には行きましょう。店は任せるよ』

声には出さず、私はその文面をゆっくりと読み返した。

会えるんだ――。

ほっとした。一方で、みぞおちの辺りから緊張感がじわじわと広がり出すのを感じた。
< 77 / 112 >

この作品をシェア

pagetop