恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「君が何を思ったのか想像がつくけど、こんな遅い時間に女性を一人残して、男の俺が先に帰るなんてことは、あり得ないからね」

「でもここはやはり、役付きである補佐から……」

そんなやり取りをしていたら、私たちがいる方へ向かって歩いてくる男女の姿が目に入った。タクシーだ、と言っているのが聞こえてくる。

補佐もその二人に気がついた。私の背に軽く手を当て、早口で言った。

「間を取って、一緒に乗って行くっていうのはどう?ちなみに俺のマンションは鳥居が丘。岡野さんはどの辺り?」

「え、あの……」

まだためらっている私に補佐は苦笑した。

「今日会ったばかりの男と一緒に乗るのに、抵抗があるのは分かるんだけど。早くしないと乗り損ねる」

そういうわけではなく恐れ多いんです――。

うっかり口にしそうになった本音を飲み込んで、私は補佐に頭を下げた。

「では、ご一緒させてください」

「もちろん」

補佐はほっとしたように笑った。

「先に降りるのは岡野さんだから、俺は奥の方に乗るよ」

補佐はそう言って先にタクシーに乗り込み、ドライバーに行き先を伝える。

「失礼します」

私は緊張しながら、彼の隣に腰を下ろした。

補佐はシートに背中を預けると、腕を組んで目を閉じた。

それを邪魔しないように私は口を閉ざし、窓の外へと目を向けた。

車のエンジン音と車内に流れるラジオの音が、静けさを一層際立たせる。深夜独特のとろりとした空気と車の振動がとても心地よくて、お酒の酔いも手伝って眠気に襲われそうになった。

車が交差点を左折した時だった。

補佐の腕が私の肩に偶然触れた。

そこから伝わってきた彼の体温に、私はどきりとした。胸の奥できゅっと小さな音が鳴ったような気がした。その感覚は過去にも経験したことがあったと思うが、うまく思い出せない。

その正体を気にしているうちに、私のアパートが見えてきた。

降りる準備をしようと体を起こした時、突然右肩に重みを感じた。困惑しながらゆっくりと首を回す。

すぐそこに山中補佐の顔があった。目を閉じて私の肩にもたれかかっていた。

柔らかな髪に頬を撫でられて、胸の内がざわめいた。
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