恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「白川さんに振られたのを最後に、恋愛をしたいとは特に思わなくなっていた。任される仕事が増えて忙しくなったせいもあるけど、好きだとか嫌いだとか、そういうのを煩わしく感じるようになっていた。ところが」

補佐は言葉を切ると、水滴だらけになったグラスに手を伸ばした。喉を湿らせてから再び口を開く。

「気になる人ができた」

「気になる人……」

その言葉に頬をはたかれたような気がした。

「最初はただ単純に気になったくらいで、どうこうなりたいっていう気持ちは全然なかった。でもいつの間にか、その気持ちが変化し始めていることに気がついた。だけど自分の気持ちを信じられなくて、そんなわけはないと自覚するのにだいぶ時間がかかってしまった」

そんな人がいたのに、私と食事に行ったりしていたのかと思うとショックだった。補佐と一緒にいられることを喜んだり緊張したり、浮かれたり舞い上がったりしていた私は、なんて間抜けなのかと恥ずかしい。

「この気持ちを認めてからは、その人とゆっくりと距離を縮めていきたいと思っていた。だけど、他の男と仲が良さそうな場面を目にしたり、出くわしたりする度に、居てもたってもいられないような、焦りに似た感情が湧き起るようになった。そんなことが度々続いたある時、俺はとうとう衝動的に行動してしまった。営業から戻ってきたあの日、二人の間に何かがあったような空気を感じたら、今動かないと後悔する――そう思ったんだ」

冷静で穏やかな補佐をそこまでにしてしまうほどの人なのかと、彼女を羨ましく思う。そこまでの存在にはなれなかった自分が悲しい。

泣きたくなるのを我慢して補佐の顔をそっと見あげた時、彼の視線とぶつかった。彼は僅かに眉根を寄せながらも、微笑みを浮かべて私を見ている。

「だけど、行動を起こしたことを少し後悔している。あの人に会って昔を思い出してからは、俺を慕ってくれている目の前のその人に、このまま素直に気持ちを伝えていいのだろうかと迷っている。俺はバツイチだ。女性一人を幸せにできなかった男だ。そんな俺はその人の隣にいてはいけないんじゃないかと思っている。その人には、気を許せるお似合いの同期の男がいるから」
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