恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
あそこに行ってみようか――。

ふとあることを思いついて立ち止まった時、宍戸が大股で歩いてくるのに気がついた。

「あれ、岡野?今帰り?」

宍戸は私に会って、驚いたような顔をした。

彼とは割と顔を合わせることが多いが、互いにこの時間に会うことは珍しいかもしれない。

「これから外回りなの?」 

「まさか。今日は、もう帰るところ」

そう言いながら、彼は肩にぶら下げたリュックをかけ直す。

「そうなんだ。お疲れ様」

「岡野はこのまま帰るの?」

「友達を誘って飲みに行こうかなって思ったんだけど、週末だからどうしようかって考えてたところ」

「ふぅん……」

宍戸は少し考えるような顔をしたが、次の瞬間にっと笑った。

「じゃあ、俺と飲みに行こうぜ」

「でも……」

私はためらった。以前のように接することができるようになったとはいえ、宍戸と二人きりになるのはまだ少し気まずい。その上、私にとっては重大事項の一つである、不意打ちのキスという忘れたい記憶のせいで、宍戸を警戒している部分もあった。

エレベーターが止まった。

乗るのを躊躇していたら、扉を押さえながら宍戸が苦笑いを浮かべた。

「何もしないって。とりあえず乗りなよ」

そう言われて自意識過剰過ぎたかと、少し恥ずかしくなる。

「うん……」

ぎくしゃくと頷いて、私は中に乗り込んだ。

扉が閉まりエレベーターが動き出すと、宍戸が明るい調子で言った。

「何があったか知らないけど、今日は飲みたい気分なんだろ。俺でよかったら付き合うぜ」

彼の顔を見上げて、私は訊ねた。

「どうして何かあったって思うの?」

「まぁ、いわゆる『カン』っていうやつ?」

宍戸は宙を見ながら答え、それからふっと笑った。

「で、どこか行きたい所はあるか?今日は特別に俺のおごりね」
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