恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「ありがとう……」

私はコップを受け取った。水を飲んで人心地ついたら、他人には見せたくなかったような自分の姿を、宍戸の前では色々と晒してしまったことを思い出した。顔が熱い。

「あの、宍戸。今夜のことは、誰にも言わないでほしいんだけど……」

宍戸は呆れたような顔で私を見た。

「言うわけないだろ。俺ってそんなに口が軽く見えるのか」

「そういうわけじゃないけど……」

宍戸はにやりと笑った。

「レアな岡野のこと、もったいないから他人には教えたくない」

「レアって……」

私は苦笑し、それから念を押すようにもう一度聞いた。

「……本当に内緒にしてくれるんだよね?」

「言わないって。なんなら指切りでもしとくか?」

「いえ、いい。信じる」

そう言ってから、私はふとあることを聞いてみたくなって、おずおずと口を開いた。

「ねぇ、どうして宍戸は私のこと好きになってくれたの?」

「フっておきながら、ずいぶんな質問だな」

「ごめんなさい……」

「謝るのはナシって言っただろ」

宍戸は苦笑いを浮かべた。

「そうだな……。気づいたら好きになってたとしか言いようがないな。ていうかさ。好きになるのに、はっきりこれだっていう理由って必要なものか?岡野はどうなんだよ」

「私?私は……」

「やっぱ、いいや。聞きたくないしな」

宍戸が立ち上がった。

「帰るわ」

「うん……」

私は見送ろうと、玄関まで宍戸の後を着いて行く。

「あの、どうもありがとう……」

私は宍戸の横顔に向かって言った。色んな思いを込めて。それがちゃんと彼に伝わるようにと願いながら。

宍戸は玄関のドアノブを回しながら、私の声には答えずに冗談めかして言う。

「さて、と。どこかでヤケ酒でも飲んでくかな」

宍戸の気持ちに応えられなかった私には、これ以上どうしようもない。たくさんの想いを向けてくれた彼に対して、申し訳なくて切なくてたまらない気持ちになった。

「そんな顔するなって」

宍戸はちょっと困ったように笑うと、私の額を指先で軽く弾いた。

「来週からは、今まで通りだ。たぶん、だけどな。――じゃ、おやすみ」

「おやすみなさい……」

ドアが静かに閉まる。

宍戸の靴音が遠ざかっていくのを、私はしばらくその場に立って聞いていた。
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