恋愛下手の恋模様~あなたに、君に、恋する気持ちは止められない~
「あの……」

困惑する私に築山さんは笑顔を見せた。

「えぇと、岡野さんだっけ?嫌じゃなければ下の名前も教えてよ」

「……『みなみ』です」

築山さんはうんうんと頷く。

「みなみちゃん、ね。とりあえず中に入ろうか」

「でも……」

「せっかく来たんだからさ。ね?」 

築山さんはそう言いながら扉を開けて、私の背を軽く押すようにしながら店に入った。

扉が閉まる音を背中で聞きながら、私はまだ迷っていた。

そんな私に築山さんは片目をつぶってみせる。

「今の君の気持ち、なんとなく分かるけど、そんなにあれこれ心配しなくても大丈夫。さ、どうぞ」

私を促してから、ほんの少し申し訳なさそうな顔をする。

「カウンター席に座ってもらってもいいかな?その方が話しやすいからさ。仕事しながらになっちゃうけど」

それ以上は押して帰るとも言えなくて、私はためらいつつ頷いた。

「はい、では……」

顔を合わせてまだ十分もたっていないけれど、私がここに一人で来た理由を築山さんは分かっているような気がした。前回会った時も、彼が私に対して好意的だと感じていた。だからもしかしたら、私が知りたいことに答えてくれるのではないかとも思った。少なくとも、今は前向きに考えることにしようと思い直す。

「どうかした?」

「いえ、なんでもありません」

築山さんは怪訝な顔をしたが、私を席まで案内すると自分はカウンターの内側に入った。様々な種類のボトルを前にして、シャツの袖をまくり上げた。

「何が飲みたい?カクテルでも、ノンアルでもなんでも好きなものを言ってよ。一応これでもバーテンダーだから、何でも作れるよ」

私の緊張を和らげようとしてか、築山さんは悪戯っぽい笑みを浮かべながら言った。

つられて私もちょっとだけ笑う。少しだけ迷って、結局飲みなれたカクテルの名前を伝えた。

「モスコミュールをお願いします」

「軽めにしておこうか」

築山さんは私の顔をちらりと見た。

「話を聞くのが目的なら、ほろ酔い手前くらいがちょうどいいだろうから」

私は黙って頭を下げた。
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