好きになって、俺のこと
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「…やっと、おわった…」
いそいそとデスクを片付け電車の時刻を確認するためにスマホを開けば、案の定もう22時を回っていた。
「まーたこんな時間。いい加減定時間際に仕事振ってくるのやめてよ」
そう愚痴る。もう私以外誰もいない時間だから、誰にも拾って貰うことはないのだけれど。
春が近づいてきているといえどまだ夜は少し冷えるので、お気に入りの緑のマフラーを首に巻いて会社を出る。
まだぽつりぽつりと人の影があって、私と同じ人が居ることに少し安堵しながら駅へと足を進める。コツコツと地面を鳴らすヒールの音が道路を勢いよく走る車の騒音に掻き消される。
私は入社当時、このヒールの音が好きだった。学生の頃とは違って社会人として履くパンプスは、なんだか大人びて感じられたから。立派な大人になれたと錯覚できたから。だけど、今ではそうは思わない。学生の頃思い描いていた人生とは程遠くて、これからもこんな日々が続くのかと思うと心底嫌気がさす。そんな気持ちにさせる音だ。
「もう全部辞めたいなぁ」
誰にも聞こえないことをいい事に、マフラーに顔を埋めながらそう言葉を紡いだ矢先、額になにか固いものが当たって足を止めた。
「ってぇ」
頭上からそんな野太い声が聞こえてきて、全身から血の気がひいた。