繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「母親は環生くんを連れて近くのアパートに引っ越して、折り合いがつかない遥希とは離れて暮らすようになった。今でも、環生くんが遥希をよく知らないって言うのは、そのせいだと思う。遥希もさみしかったのかもしれないな。反抗心から、ランプに興味があるくせに、当てつけのようにサラリーマンになった。吉沢店長は諦めて、俺に継がないかと聞いてきたんだろう」
「本当にそうなんですか? 猪川さんに継いでもらいたいから、そう言ったのではなくて?」

 事情はわかるが、違和感がある。吉沢家のいざこざと、らんぷやの後継ぎの問題が、奈江の中でしっくりと結びつかない。

「遥希が死んだあと、俺は吉沢店長と一緒に買い付けのためにフランスへ出かけた。俺が選ぶランプを店長は感心したけど、店長のセンスとは異なってた。そのとき、感じたんだ。店長は遥希に継がせたかったんだって。あのときの違和感は間違ってないはずだ」
「だからって……」
「俺はさ、遥希を妬んでたんだ」

 奈江を遮るように発せられた言葉は強かった。

「猪川さん……」
「肉親がいるのに反発する遥希も、友梨って大事な婚約者がいるのに婚約破棄した遥希も、父親の気持ちをわかっていながらサラリーマンになった遥希にも、周りを傷つけようとも、なりふり構わず、自分で自分の道を選んで歩き続ける遥希が、心底羨ましかったんだ」

 怒りに任せて振り上げたこぶしを下すように、彼はそっとつぶやく。

「……こんな俺じゃ、いいランプとは出会えない」
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