繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 だから、秋也は以前、すずらんのランプを売ってもいいと言ったのだ。店主の吉沢が買い付けたものではないから。

 作業台の上へ、彼はそっと大切そうにランプを置き、灯りをつける。

 奈江はかがむと、すずらんのシェードを見つめる。まぶたを伏せている、美しい女性の横顔に見えるからふしぎだ。

「本当に綺麗なランプですね」
「飾らないのに美しい姿って、俺、好きなんだよね」
「ひとめぼれする気持ち、わかります」

 奈江もきっと、ひとめぼれだった。店内には、ほかにもたくさん素晴らしい作品があるのに、このランプに心惹かれた。心を揺り動かすものが、このランプにはある。

「少しでも興味があるなら、手に入れたらいいんじゃないか? 俺ならそうする」
「でも、猪川さんだって手放したくないんじゃないですか?」

 ひとめぼれしたランプをそんなに簡単に売って大丈夫なのだろうか。後悔しないだろうか。心配する奈江だが、彼は未練のない様子で明るい笑顔を見せる。

「早坂さんがもらってくれるなら、喜んで手放すよ」

 物も人の心も、必要なところへ渡り歩いていく。秋也から奈江へ。それは必然だろうか。ランプがこちらへ来たがっているなら、ためらう必要はないだろう。

「大切にしますね」
「毎晩、つけてあげてよ。きっと喜ぶから」
「はい、必ず」

 このランプを見てると、大切な人を思い出せる気がする。黄昏色の中に、秋也の笑顔が浮かぶから。ひとりの夜は、このランプがあれば、さみしくないだろう。
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