繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
 うとうとしかけた奈江は、まぶたをパッと開いた。遠くで、スマホの鳴る音が聞こえたからだ。上体を起こし、バッグを探す。ローテーブルの上に置いたままだ。

 急いでバッグからスマホを取り出す。秋也からの電話だ。ランプのことで何かあったのだろうか。とっさにそう思って、電話に出る。

「もしもし、猪川さん?」
「ああ、早坂さん。いま、大丈夫?」
「はい。さっき、帰ってきたので。何かありましたか?」
「早坂さんが帰ったあとにすぐ、賢太が来てくれてさ。指輪、渡しておいたよ」

 どうやら、報告の電話のようだ。

「そうだったんですか。驚いてました?」
「驚くってより、やっぱり、あの女の子が助けてくれたんだって喜んでたよ。確証が得られてよかったんだろうな。早坂さんのおかげだって、お礼伝えてくれって」
「そんな、私は何も」

 賢太も律儀な青年だ。恐縮してしまう。

「何も……、か。でもさ、そうやって言うけど、早坂さんが生きてるだけで誰かの助けになってることもあるんだと思うよ」

 優しい秋也が奈江をさとす。

「そう……でしょうか」
「そうだよ。少なくとも、俺はそう思うよ」

 あまり、そんなふうに考えたことはなかった。何もしてないと嘆く日々の中で、大した努力もしてこれなかった。そんな自分を認めてくれる人がいるんだと思うと、そわそわしてしまう。
< 65 / 172 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop