繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「ずっと見てたわけじゃないから、あんまり勘違いしてほしくもないんだけどね」
「あっ、そんな、誤解なんて。妙な行動をしてる私がおかしいだけで……」

 好意があって見てるなんて、誤解したりしない。

「なんていうか……、誤解されてる気もするけど、電話じゃうまく伝わらないからさ、どうかな? 会って、一緒に食事しないか?」
「あ……、お食事」

 そうだった。以前にも誘われていたんだった。あれから二週間ぐらい経っているだろうか。来週には連絡すると言っていた彼から何もなかったから、もう食事は取りやめにしたのだと勝手に思い込んでいた。

「考える時間は、自分なりに作ったつもりなんだけどね」

 それで、二週間という時間をくれたのだろうか。

 奈江は視線をテーブルの上へ落とし、秋也の名刺を手に取る。そうだ。アプリの話を聞いてみたい気がする。

「猪川さんはいつなら都合がいいですか?」
「俺はいつでも。自由業みたいなもんだから。早坂さんは?」
「私も、いつでも。残業しても、8時前には上がりますから」
「じゃあ、早速、明日はどう?」

 明日とはまた、急な話だ。だが、特に予定があるわけじゃないし、金曜日の夜なら次の日は休みだし、むしろ、都合がいい。

「わかりました。仕事が終わったら、連絡しましょうか?」
「そうだね。そうしてくれると助かるよ。連絡なくても、横前駅の北口改札の前で待ってるから」

 そう言うと、秋也はホッとしたみたいな息をついた。
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