繊細な早坂さんは楽しむことを知らない
「ずいぶん、久しぶりになっちゃったね。これからはもっと遊びに来るね」

 奈江は康代をダイニングテーブルに座らせると、麦茶と水ようかんを運んだ。

 テーブルから見える景色が懐かしい。物持ちがいい康代の家は模様替えしておらず、昔から変わらない。向かい合って座れば、高校時代に戻ったような気分になる。

 この家は康代が一生懸命働いて購入した、二階建ての中古住宅だった。独り身には広すぎると、二階部分は物置きのようになっていたが、奈江が泊まりに来ると、いつも二階の部屋にふかふかの布団を用意してくれた。

 高校一年生だったあの夏も、康代が作ってくれる薄味の手料理を食べながら、友だちはあまりできないけど、やりたかった商業の勉強ができる高校に入れてよかったと話すと、彼女は優しい笑顔で、「よかったね」と言ってくれたのだった。

「ねぇ、頼みって何?」

 ようかんをひと口食べて、奈江は尋ねる。すると、康代の視線が隣の和室へと移る。

「ランプがつかなくなっちゃってね」

 座卓の上に置かれているのは、フランス製のビンテージランプだ。すずらんのような形をしたガラスのシェードがかわいらしい、康代が昔から愛用しているランプだ。

「つかないって、電球が切れたの?」
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