ねぇ、嘘じゃないよ

モデルと演技











「放課後デート」は、結局延期になった。

愁也に手を引かれ駆け足で仕事現場へ向かう。

「あーくそー、山ぴーのやつっ。今日は休みだって言ったのに!」
愁夜も友達と約束してたみたいで、悔しそうにしている。
きつくぎゅっと握られた手が熱く、痛い。

はぁ、ほんと。
人の気も知らないで。

そんな、またアホみたいなことを考えてしまう、自分が嫌いだ。


嘘だ。
嘘だ。

嘘だから。


そう、嘘だから。


自分を落ち着かせなきゃ。


あの日、あの出来事は、ただの嘘、だから。
ただの見たくない、悪夢だったのだから。
あの日から変わった。
変わった、はず。

階段の踊り場をひびく、叫び声と、とどめなく頬を伝う、燃えるように熱いのに、なお、ひんやりと冷たい涙。
目に飛び込んでくる、絶望した顔。

そう、あの日ではないのだから。
月日が流れたから。
変わったのだから。


恋焦がれる気持ちも、一つ一つの仕草に胸がキュッとするのも。
そう、もう消えてしまった、から。


なんて、否定する自分と。
ちがうと叫ぶ自分。

なんだか、心の中の天使と悪魔だ。

考えて、どんなベタなこと考えるんだと、また一人で苦笑い。

嘘なのだから。
否定でも、肯定でも。
することなんてない。


考えたって、無駄だ。
< 6 / 57 >

この作品をシェア

pagetop