Runaway Love
「――……茉奈さん、何度も言いますけど、オレ、あなたが好きなんですよ。なのに、何で、関係無いとか言うんですか」
岡くんは、あたしの手首を、更に強く握る。
――まるで、逃がさないと言っているように。
でも、だからって、捕まる気など無い。
「……言い方を変えるわ。……必要ないの――あたしには、誰も――……」
「茉奈さん」
「恋愛なんて、したくない。一人でいたいの。あたしは――一生一人で、静かに生きていたい。そう思うのは、悪い事なの?」
岡くんは、言葉に詰まる。
あたしは、少しだけ緩んだ手を、そっと離す。
「――ねえ、あたしが好きだって言ってくれるのに、あたしの意思は、無視するの?」
「そ、れは……」
彼は言い淀むが、顔を上げて、真っ直ぐにあたしを見返す。
「でも――……あなたが好きだからこそ、あなたを、幸せにしてあげたいと思ってるんです。だから――」
「一人きりの人生は、幸せじゃないって?」
「さみしいじゃないですか、そんなの」
あたしは、ささくれ立ってきた心をそのままに、岡くんをにらむと、言い切った。
「あたしが幸せかどうかなんて、アンタに決められる事じゃないわ。――あたしが決める事よ」
「――……っ……」
完全に無言になった岡くんに背を向け、あたしは一人、大通りまで歩き出した。
幸い、最終のバスに間に合い、どうにか会社前の国道のバス停で降りる事ができた。
奈津美のスマホに、ちゃんと行って来たと連絡を入れ、そのまま帰る。
――まだ、おめでとう、とは言えなかった。
あたしの頭が固いだけなんだろう。
今どき、珍しくもなんともない。
それはわかってる。
――なのに、素直に受け入れられないのは、あのコばかりが、順調に幸せの階段を上っているように見えるからか。
あたしは、視線を落としながら、街灯の下を歩く。
会社の脇の道に入れば、アパートまではいつもの道だ。
時折、強く吹く風に、あたしは流れていく髪を押さえた。
さっきは、岡くんが、してくれたのを思い出す。
――……本当は、もう、会わない方が、お互いに良いはずなのに。
そう思うのに、心のどこかで、彼の事を考えてしまう自分がいる。
それがどういう事なのかは――考えたくなかった。
「おはようございます、杉崎主任」
「あ、お、はよ。野口くん」
翌日、荒れ始めた天気に、まあまあ濡れてしまった上着を拭きながら正面玄関を入ると、ロビーで待っていた野口くんがやって来た。
「すごい雨。こういう時、車は良いわよね」
「――言ってくれれば、迎えに行きましたよ」
「え、だって、遠回りじゃない」
野口くんのアパートは、ウチとは反対方向。しかも、会社まで車で二十分はかかるのだから。
「……彼氏、なんですよ。今は」
「――え、あ。……そ、そういうものなの……?」
少々不満そうに言う野口くんに、あたしは聞き返すと、今度は吹き出された。
「野口くん」
恨みがましく見上げると、彼は口元を押さえながら言った。
「いや、すみません。……杉崎主任、オレより恋愛レベル下ですか」
「……バカにしてるわよね」
どうせ、誰とも付き合った事、無いですから。
心の中でやさぐれてしまう。
けれど、野口くんは、あたしの髪を撫でながら続けた。
「――いえ、可愛いです」
「かっ……⁉」
思わぬ言葉に、ギョッとして顔を上げると、野口くんはあたしを見下ろす。
「……の」
「杉崎主任、髪、結構濡れてますよ」
「え」
「ああ、よく見たら、上着もです。また、風邪ひいたら大変ですよ」
慌てる彼を見て、逆に冷静になってしまう。
「大丈夫よ。上着の替えも、タオルも置いてあるし」
あたしは、そう言うと、ロッカールームの方を見やった。
野口くんは、一瞬、キョトンとしたようだが、すぐに口元を上げる。
「――さすが、ですね」
「まあ、何があるか、わからないし。――誰かに迷惑かけるの、好きじゃないから」
一人で生きていくと決めてから、ずっと、用意周到に、何があっても困らないように準備はしているのだ。
それは、あたしの決意の表れ。
ただの逃避だなんて、言われたくないのだから。
岡くんは、あたしの手首を、更に強く握る。
――まるで、逃がさないと言っているように。
でも、だからって、捕まる気など無い。
「……言い方を変えるわ。……必要ないの――あたしには、誰も――……」
「茉奈さん」
「恋愛なんて、したくない。一人でいたいの。あたしは――一生一人で、静かに生きていたい。そう思うのは、悪い事なの?」
岡くんは、言葉に詰まる。
あたしは、少しだけ緩んだ手を、そっと離す。
「――ねえ、あたしが好きだって言ってくれるのに、あたしの意思は、無視するの?」
「そ、れは……」
彼は言い淀むが、顔を上げて、真っ直ぐにあたしを見返す。
「でも――……あなたが好きだからこそ、あなたを、幸せにしてあげたいと思ってるんです。だから――」
「一人きりの人生は、幸せじゃないって?」
「さみしいじゃないですか、そんなの」
あたしは、ささくれ立ってきた心をそのままに、岡くんをにらむと、言い切った。
「あたしが幸せかどうかなんて、アンタに決められる事じゃないわ。――あたしが決める事よ」
「――……っ……」
完全に無言になった岡くんに背を向け、あたしは一人、大通りまで歩き出した。
幸い、最終のバスに間に合い、どうにか会社前の国道のバス停で降りる事ができた。
奈津美のスマホに、ちゃんと行って来たと連絡を入れ、そのまま帰る。
――まだ、おめでとう、とは言えなかった。
あたしの頭が固いだけなんだろう。
今どき、珍しくもなんともない。
それはわかってる。
――なのに、素直に受け入れられないのは、あのコばかりが、順調に幸せの階段を上っているように見えるからか。
あたしは、視線を落としながら、街灯の下を歩く。
会社の脇の道に入れば、アパートまではいつもの道だ。
時折、強く吹く風に、あたしは流れていく髪を押さえた。
さっきは、岡くんが、してくれたのを思い出す。
――……本当は、もう、会わない方が、お互いに良いはずなのに。
そう思うのに、心のどこかで、彼の事を考えてしまう自分がいる。
それがどういう事なのかは――考えたくなかった。
「おはようございます、杉崎主任」
「あ、お、はよ。野口くん」
翌日、荒れ始めた天気に、まあまあ濡れてしまった上着を拭きながら正面玄関を入ると、ロビーで待っていた野口くんがやって来た。
「すごい雨。こういう時、車は良いわよね」
「――言ってくれれば、迎えに行きましたよ」
「え、だって、遠回りじゃない」
野口くんのアパートは、ウチとは反対方向。しかも、会社まで車で二十分はかかるのだから。
「……彼氏、なんですよ。今は」
「――え、あ。……そ、そういうものなの……?」
少々不満そうに言う野口くんに、あたしは聞き返すと、今度は吹き出された。
「野口くん」
恨みがましく見上げると、彼は口元を押さえながら言った。
「いや、すみません。……杉崎主任、オレより恋愛レベル下ですか」
「……バカにしてるわよね」
どうせ、誰とも付き合った事、無いですから。
心の中でやさぐれてしまう。
けれど、野口くんは、あたしの髪を撫でながら続けた。
「――いえ、可愛いです」
「かっ……⁉」
思わぬ言葉に、ギョッとして顔を上げると、野口くんはあたしを見下ろす。
「……の」
「杉崎主任、髪、結構濡れてますよ」
「え」
「ああ、よく見たら、上着もです。また、風邪ひいたら大変ですよ」
慌てる彼を見て、逆に冷静になってしまう。
「大丈夫よ。上着の替えも、タオルも置いてあるし」
あたしは、そう言うと、ロッカールームの方を見やった。
野口くんは、一瞬、キョトンとしたようだが、すぐに口元を上げる。
「――さすが、ですね」
「まあ、何があるか、わからないし。――誰かに迷惑かけるの、好きじゃないから」
一人で生きていくと決めてから、ずっと、用意周到に、何があっても困らないように準備はしているのだ。
それは、あたしの決意の表れ。
ただの逃避だなんて、言われたくないのだから。