Runaway Love
 ――何だ、それは。
 まるで、早川が気を持たせるようなマネをしたから、岩泉さんが、あんな事をしでかしたとでも?

「――早川くんは、自分が原因だと思うのかい?」

 社長は、榎本部長の言葉を、早川自身に問いかける。
 早川は、顔を上げると、うなづいた。

「――……申し訳ありません。……自覚は無いのですが、もしかしたら、そう受け取られる事があったのかもしれません」

 そう言って、早川は九十度に頭を下げた。

「――……処分は、自分も受けますので」

「何、バカ、言ってんのよ!」

 あたしは、反射で叫んでしまう。
 男性陣全員、固まったままだ。
 ――社長も込みで。
 けれど、このまま、早川が処分だなんて、納得いかない!

「――あたしは、岩泉さんを訴える気はありません。ただの事故で処理してもらって、構いませんから」

「す、杉崎」

 あからさまな動揺を見せる早川を、あたしは、にらみ付ける。

「ふざけるのも、大概にしてよ!アンタは、何もしてない!――なのに、何、一人で責任かぶろうとしてんのよ!」

「け、けどな」

「アンタの理屈じゃ、あたしに危害を加えた女は、全部、自分に惚れてるって事になる訳⁉うぬぼれるのも、いい加減にしなさい!」

 思い切り叫んでしまい、息が切れる。
 けれど、これ以上、黙っていられなかった。

「す、杉崎くん、社長の前だよ」

 部長がオロオロしながら、そう言って、あたしを押さえようと試みているが、そんなんじゃ気は収まらない。

「――社長、この場合、どうなるんでしょうか。仮に原因が早川にあるとしても、直接、あたしに危害を加えたのは、岩泉さんだけです」

 あたしは、社長を真っ直ぐに見て、そう尋ねる。
 社長は、困ったようにうなづいた。

「うん、そうだよね。だから、ボクは、不問にしようと思うよ。岩泉さんは、昨日付けで自主退職。杉崎さんは、労災扱い。警察には、事故で届け出るよ。井本(いもと)部長、榎本部長、それで良いかな?」

 それは、確認というよりも、一方的な通達だ。
 二人は、渋々ながらもうなづく。
「住吉くん、全役員に通達。あと、警察に報告お願い」
「承知しました」
 住吉さんは、頭を下げ、部屋を後にした。
 それを見送ると、社長は、あたしを見やる。
「――やっぱり、いざとなると、女性は強いよね」
 ニコニコと笑う社長に、悪気は無い。
「ボクも、奥さんには頭が上がらないからさ。――さ、もう、終わったから、仕事に戻っていいよ」
 そう言いながら、社長は笑った。
 素直にうなづけないのは、何だか、含まれている意味に、あたしと早川が恋人のような認識が沈んでいるような気がしたからか。
 あたし達は、社長室を後にすると、そのままエレベーターに全員で乗り込んだ。
「――杉崎くん、本当に訴えなくても良いのかい」
「部長、これ以上、面倒事増やさないでください」
 あたしは、気まずそうに尋ねる部長を、バッサリと切る。
「――いや、でも、本当にありがとう。……早川まで処分となると、ウチは相当大ダメージだから」
 榎本部長がそう言って、あたしを見てくるが、部長が割って入る。
「おいおい、ウチだって、大ダメージだよ。今、杉崎くん、いつもの半分くらいの作業しかできないんだから」
「だから、それは悪かったって!」
 二人でにらみ合っているうちに、五階に到着する。
「――……じゃあ、もう、この件は終了にしてください」
 あたしは、先に下りて、早川と榎本部長を振り返る。
「あ、ああ。……サンキュ」
「本当に、助かったよ」
 そう言ってから、エレベーターのドアが閉まる。
「……杉崎くん、傷の具合はどんななんだい?」
 すると、部長が気まずそうに尋ねてくるので、振り返って苦笑いだ。
 ――まあ、マスクで隠れてるけれど。
「今、痛み止めが効いてます。……来週くらいまでは、普通通りは難しいかもしれません」
「そうか。……まあ、無理しないで良いからね。ダメなら、すぐに言う事」
「――はい」
 あたしは、部長にうなづくと、部屋のドアを開けた。
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