Runaway Love
軽く触れて離れるつもりだったのに、野口くんは、逆にあたしを引き寄せる。
先ほどよりも、長く、深く――気がつけば、崩れ落ちたあたしは床に横たえられていた。
見上げれば、息が上がった野口くんが、苦しそうにあたしを見下ろしていた。
「の、野口くん」
「――す……みませんっ……。今、どきますから……」
我に返り、慌ててあたしの上から離れると、彼は本棚の方に体を向ける。
「……野口くん」
「すみませんっ!……オレ、こんな風になるの……初めてでっ……。き、嫌いになりましたよねっ……」
あたしは、怯えたように体を縮ませる彼の背中に、そっと手を当てた。
自分でもコントロールできなくて、パニックになりかけているようだ。
下手な事は言えないので、できるだけ、優しい言葉を選び、口にする。
「嫌いになんか、ならないわよ」
「――……すみません……」
懺悔するように、頭を抱える野口くんの正面に移動し、あたしはそっと彼の顔に触れる。
「……謝らないの」
すると、野口くんは、あたしの手を取り、握りしめる。
けれど、その顔は下を向いたままだ。
「――……大丈夫ですか……?」
「え?」
「――……オレ、こんなですけど……彼氏でいても……」
あたしは、一瞬だけ止まるけれど、うなづいた。
――そう決めたのは、あたし自身だ。
「……きっと、野口くんの方が、愛想つかすわよ」
「そんな事、絶対無いですよ」
あたしは、苦笑いで返す。
――本当に、あたしを変える気なんだろうか……。
うつむいたまま、あたしの肩に顔をうずめた野口くんを見やり、ぼんやりと思った。
「ねえ、お腹空かない?あたしの分、何買ってきたの?いくらだった?」
あたしは、体勢を直し、テーブルに置かれたコンビニ袋を見やる。
「あ、ハイ。……麺類なら、食べられそうかと思ったんですが……」
「そうね、ありがとう」
すると、野口くんは、立ち上がろうとするあたしの手を引いて座らせる。
「野口くん?」
「座っててください。――何なら、オレが食べさせましょうか?」
「いっ……いいわよ、それは!」
さすがに、この歳でそれは恥ずかしすぎる。
けれど、野口くんはクスクスと笑うだけだ。
ようやく落ち着いてくれたらしい。
「……からかったわね?」
あたしは、彼をにらむように見上げた。
「いえ。でも、甘やかされてくださいよ。――オレの前だけでなら」
あっさりと、赤面するような事を言う野口くんは、平然と立ち上がり、準備を始めたのだった。
結局、それから二人で夕飯を食べ終え、あたしはアパートまで送ってもらう事になった。
「じゃあ、また明日」
「ええ、おやすみなさい」
あたしが車から降りるのを見計らうと、野口くんは軽く頭を下げて帰って行った。
――……本当に、付き合うの……?
車のテールランプが視界から消えるのを見送ると、部屋までの階段を上がった。
一歩一歩、上がるごとに、迷いと不安と――罪悪感が入り混じった、よくわからない感情に襲われていく。
――……野口くんを傷つけたくない。
それだけは、確か。
この先どうなるか、わからないけれど――彼のコミュ障に改善の兆しが見えるまでは、関係を続けた方が良いのかもしれない。
それが、恋愛感情と呼べないのは、あたしも――彼も、気づいている。
先ほどよりも、長く、深く――気がつけば、崩れ落ちたあたしは床に横たえられていた。
見上げれば、息が上がった野口くんが、苦しそうにあたしを見下ろしていた。
「の、野口くん」
「――す……みませんっ……。今、どきますから……」
我に返り、慌ててあたしの上から離れると、彼は本棚の方に体を向ける。
「……野口くん」
「すみませんっ!……オレ、こんな風になるの……初めてでっ……。き、嫌いになりましたよねっ……」
あたしは、怯えたように体を縮ませる彼の背中に、そっと手を当てた。
自分でもコントロールできなくて、パニックになりかけているようだ。
下手な事は言えないので、できるだけ、優しい言葉を選び、口にする。
「嫌いになんか、ならないわよ」
「――……すみません……」
懺悔するように、頭を抱える野口くんの正面に移動し、あたしはそっと彼の顔に触れる。
「……謝らないの」
すると、野口くんは、あたしの手を取り、握りしめる。
けれど、その顔は下を向いたままだ。
「――……大丈夫ですか……?」
「え?」
「――……オレ、こんなですけど……彼氏でいても……」
あたしは、一瞬だけ止まるけれど、うなづいた。
――そう決めたのは、あたし自身だ。
「……きっと、野口くんの方が、愛想つかすわよ」
「そんな事、絶対無いですよ」
あたしは、苦笑いで返す。
――本当に、あたしを変える気なんだろうか……。
うつむいたまま、あたしの肩に顔をうずめた野口くんを見やり、ぼんやりと思った。
「ねえ、お腹空かない?あたしの分、何買ってきたの?いくらだった?」
あたしは、体勢を直し、テーブルに置かれたコンビニ袋を見やる。
「あ、ハイ。……麺類なら、食べられそうかと思ったんですが……」
「そうね、ありがとう」
すると、野口くんは、立ち上がろうとするあたしの手を引いて座らせる。
「野口くん?」
「座っててください。――何なら、オレが食べさせましょうか?」
「いっ……いいわよ、それは!」
さすがに、この歳でそれは恥ずかしすぎる。
けれど、野口くんはクスクスと笑うだけだ。
ようやく落ち着いてくれたらしい。
「……からかったわね?」
あたしは、彼をにらむように見上げた。
「いえ。でも、甘やかされてくださいよ。――オレの前だけでなら」
あっさりと、赤面するような事を言う野口くんは、平然と立ち上がり、準備を始めたのだった。
結局、それから二人で夕飯を食べ終え、あたしはアパートまで送ってもらう事になった。
「じゃあ、また明日」
「ええ、おやすみなさい」
あたしが車から降りるのを見計らうと、野口くんは軽く頭を下げて帰って行った。
――……本当に、付き合うの……?
車のテールランプが視界から消えるのを見送ると、部屋までの階段を上がった。
一歩一歩、上がるごとに、迷いと不安と――罪悪感が入り混じった、よくわからない感情に襲われていく。
――……野口くんを傷つけたくない。
それだけは、確か。
この先どうなるか、わからないけれど――彼のコミュ障に改善の兆しが見えるまでは、関係を続けた方が良いのかもしれない。
それが、恋愛感情と呼べないのは、あたしも――彼も、気づいている。