Runaway Love
3
二人から逃げ切り、あたしは住み慣れたアパートにたどり着く。
築二十年、リフォーム済みの物件は、会社近辺で最安値の金額で即決したものだ。
1K、十二畳、収納、バストイレ付き。
最低限の生活ができれば、それで良い。
派手な生活自体、あたし自身が性に合わないのだ。
ひと通り支度を終えると、疲れ果てた体を押して、冷蔵庫から昨日の残り物を取り出す。
コンテナごと煮物を温め、ご飯も冷凍したものをレンチン。
味噌汁だけ、コンロで温め直して、どうにか形になった。
一人暮らしが長いと、簡単に済ませてしまいそうになるので、意識的に自分で作るようにしているのだ。
小さなテーブルに並べ、座布団に座り、手を合わせる。
この数日、おかしな事ばかり続いたので、ようやくひと心地つけた気がした。
――……それにしても、あの子は、一体、何がしたいんだろう……。
煮物に入れた黒こんにゃくを口にしながら、ポツリと思う。
……あたしを、好きだとか何とか。
初対面の人間に、そんな事を言われたところで――……どうして、信じられると思う。
奈津美や、照行くんには悪いけど、どうにも信用できない。
何か裏があるんじゃないだろうか……?
――まあ、完全に、処女は持っていかれたんだろうけど。
そんな事を考えてしまい、慌てて首を振る。
食事中に考える事じゃないし。
いや、考えてどうする、って話。
もう、終わってしまった事をどうこう言っても、どうしようもない。
――忘れるのが、一番。
なのに――何で、現れるんだろう。
あたしは、いつもの倍ほどの時間をかけて、夕飯を悶々としながら終えたのだった。
翌日、アパートから出て、すぐに辺りを見回してしまった。
ひとまず、ストーカーには、なっていないようだ。
――そういえば、院生だとか言ってたな……。
あたしの事なんか、かまってないで、ちゃんと勉強していなさいよ。
心の中でボヤきながら、歩き始めると、不意に右膝から崩れ落ちそうになる。
「え、やっ……⁉」
「杉崎!」
――え。
よろめいて、倒れる寸前だった身体は、がっしりとした腕に支えられた。
「だ、大丈夫かよ」
「――早川」
早川は、あせったように、あたしを起こすと、その場にしゃがみ込んだ。
「な、何⁉」
「――ヒール、折れてるぞ」
「え」
言われるままに、足元を見やれば、昨日まで元気だったパンプスのヒールは、根元からポッキリといってしまっていた。
「……接着剤で、何とかなるかしら……」
「なるかよ、バカ」
早川は、あきれたように続けた。
「だから、言っただろうが。セール品」
「――八千五百円、五年目。寿命よ。むしろ、よく保った方でしょ」
あたしは、そう言い捨てると、アパートへ逆戻りだ。
「杉崎?」
「履き替えてくる時間くらい、あるでしょうから」
「じゃあ、肩、貸すぞ」
「いらない。利子がつきそうだわ」
「つくワケ無ぇだろうが」
早川は、あきれたように言い返し、あたしの腕を取った。
「人助けに、損得勘定つけんな」
「つけてないわ。丁重にお断りしてるだけ」
あたしは、その手を振り払うと、歩き出す。
アパートから出てすぐなので、右足を引きずり、階段を上る。
後ろを早川がついてくるけれど、完全に無視だ。
コイツは、住んでいるマンションが近くで、通り道な上、出勤時間もかぶるので、あたしの家もバレている。
今さら、部屋が割れるのを気にしている訳ではない。
部屋の前で鍵を開けると、早川は、気まずそうにあたしを見やる。
「――……何」
「……いや……部屋、ここだったんだな」
「だから、何」
「――何って訳じゃねぇけど……」
口ごもる早川をそのままに、あたしは中に入ると、すぐに玄関に並べていたグレーのパンプスに履き替える。
「今度は、いくらだよ」
部屋を出て、鍵をかけていると、ケンカをふっかけるように、早川が言ってきたので、あたしはにらみ上げた。
「――五千九百八十円、三年目よ。何か文句ある?」
「だから、買ってやるって」
「何で」
昨日から言われているけれど、あたしが買ってもらう理由なんて、どこにも無い。
すると、早川は、視線をそらし、ため息をついた。
「……俺が買ってやりてぇんだって」
「いらないわよ。もらう意味が無い」
「だからっ……」
そう言いかけるが、口を閉じた。
「いい加減、遅刻するんだけど。ウチ、ただでさえ、みんな早いんだから」
「――……可愛くねぇ女」
「あんたに可愛いなんて、言われたくないわよ」
売り言葉に買い言葉――口にした瞬間、岡くんの言葉がよみがえり、あたしは苦る。
――免疫無いからって、反応しすぎでしょ。
自分自身に突っ込みながら、会社へと足を進める。
早川は、後ろでブツブツと言いながら、後ろをずっとついてきたのだった。
築二十年、リフォーム済みの物件は、会社近辺で最安値の金額で即決したものだ。
1K、十二畳、収納、バストイレ付き。
最低限の生活ができれば、それで良い。
派手な生活自体、あたし自身が性に合わないのだ。
ひと通り支度を終えると、疲れ果てた体を押して、冷蔵庫から昨日の残り物を取り出す。
コンテナごと煮物を温め、ご飯も冷凍したものをレンチン。
味噌汁だけ、コンロで温め直して、どうにか形になった。
一人暮らしが長いと、簡単に済ませてしまいそうになるので、意識的に自分で作るようにしているのだ。
小さなテーブルに並べ、座布団に座り、手を合わせる。
この数日、おかしな事ばかり続いたので、ようやくひと心地つけた気がした。
――……それにしても、あの子は、一体、何がしたいんだろう……。
煮物に入れた黒こんにゃくを口にしながら、ポツリと思う。
……あたしを、好きだとか何とか。
初対面の人間に、そんな事を言われたところで――……どうして、信じられると思う。
奈津美や、照行くんには悪いけど、どうにも信用できない。
何か裏があるんじゃないだろうか……?
――まあ、完全に、処女は持っていかれたんだろうけど。
そんな事を考えてしまい、慌てて首を振る。
食事中に考える事じゃないし。
いや、考えてどうする、って話。
もう、終わってしまった事をどうこう言っても、どうしようもない。
――忘れるのが、一番。
なのに――何で、現れるんだろう。
あたしは、いつもの倍ほどの時間をかけて、夕飯を悶々としながら終えたのだった。
翌日、アパートから出て、すぐに辺りを見回してしまった。
ひとまず、ストーカーには、なっていないようだ。
――そういえば、院生だとか言ってたな……。
あたしの事なんか、かまってないで、ちゃんと勉強していなさいよ。
心の中でボヤきながら、歩き始めると、不意に右膝から崩れ落ちそうになる。
「え、やっ……⁉」
「杉崎!」
――え。
よろめいて、倒れる寸前だった身体は、がっしりとした腕に支えられた。
「だ、大丈夫かよ」
「――早川」
早川は、あせったように、あたしを起こすと、その場にしゃがみ込んだ。
「な、何⁉」
「――ヒール、折れてるぞ」
「え」
言われるままに、足元を見やれば、昨日まで元気だったパンプスのヒールは、根元からポッキリといってしまっていた。
「……接着剤で、何とかなるかしら……」
「なるかよ、バカ」
早川は、あきれたように続けた。
「だから、言っただろうが。セール品」
「――八千五百円、五年目。寿命よ。むしろ、よく保った方でしょ」
あたしは、そう言い捨てると、アパートへ逆戻りだ。
「杉崎?」
「履き替えてくる時間くらい、あるでしょうから」
「じゃあ、肩、貸すぞ」
「いらない。利子がつきそうだわ」
「つくワケ無ぇだろうが」
早川は、あきれたように言い返し、あたしの腕を取った。
「人助けに、損得勘定つけんな」
「つけてないわ。丁重にお断りしてるだけ」
あたしは、その手を振り払うと、歩き出す。
アパートから出てすぐなので、右足を引きずり、階段を上る。
後ろを早川がついてくるけれど、完全に無視だ。
コイツは、住んでいるマンションが近くで、通り道な上、出勤時間もかぶるので、あたしの家もバレている。
今さら、部屋が割れるのを気にしている訳ではない。
部屋の前で鍵を開けると、早川は、気まずそうにあたしを見やる。
「――……何」
「……いや……部屋、ここだったんだな」
「だから、何」
「――何って訳じゃねぇけど……」
口ごもる早川をそのままに、あたしは中に入ると、すぐに玄関に並べていたグレーのパンプスに履き替える。
「今度は、いくらだよ」
部屋を出て、鍵をかけていると、ケンカをふっかけるように、早川が言ってきたので、あたしはにらみ上げた。
「――五千九百八十円、三年目よ。何か文句ある?」
「だから、買ってやるって」
「何で」
昨日から言われているけれど、あたしが買ってもらう理由なんて、どこにも無い。
すると、早川は、視線をそらし、ため息をついた。
「……俺が買ってやりてぇんだって」
「いらないわよ。もらう意味が無い」
「だからっ……」
そう言いかけるが、口を閉じた。
「いい加減、遅刻するんだけど。ウチ、ただでさえ、みんな早いんだから」
「――……可愛くねぇ女」
「あんたに可愛いなんて、言われたくないわよ」
売り言葉に買い言葉――口にした瞬間、岡くんの言葉がよみがえり、あたしは苦る。
――免疫無いからって、反応しすぎでしょ。
自分自身に突っ込みながら、会社へと足を進める。
早川は、後ろでブツブツと言いながら、後ろをずっとついてきたのだった。