Runaway Love
十分後、社長室に呼ばれたあたし達三人は、来客用のソファに座らされ、完全に固まっていた。
「ああ、すまないね、待たせてしまった」
「いえっ!」
早川が先陣を切って立ち上がる。
あたしも野口くんも、それに続いた。
だが、社長は、にこやかに首を振る。
「座って良いから。ボクも座るし、ね」
そう言って、上座に座ると、あたし達を見回す。
「ちょうど、取引先から帰って来たところだったんだけど、受付嬢のお二人がそわそわしていたから、どうしたのかと思ってねぇ」
そして、住吉さんを見上げると、彼もうなづく。
「そしたら、パーティションの向こうで、何だか穏やかじゃない言葉が聞こえてね、何かと思って寄って行ったら――さすがにボクでもヒドイ言葉を浴びせているのはわかったよ」
「あ、あの、社長……」
あたしが、恐る恐る口を開くと、わかっている、と、言わんばかりに笑顔で返された。
「大丈夫、受付嬢のお二人、まあまあ、聞き耳立てていてくれたから、最初からの流れは聞いているよ」
「――……申し訳ありません……」
「いや、杉崎くんのせいじゃないでしょ。キミの人となりを否定したんだよ、あの彼は。――とてもじゃないけれど、ボクは許せないねぇ」
社長の言葉に、胸が詰まる。
「キミたちも、そうだから、食ってかかったんだよね?」
そう言って、社長は、早川と野口くんを交互に見やった。
若干バツが悪そうに、二人はうなづく。
「まあ、事情が事情だし、今回のゴタゴタは不問にするよ。ただ、杉崎くん本人が耐えていたんだから、二人、少しは汲んでくれても良かったかもしれないけど」
「――……ハイ」
「申し訳ありません」
謝る二人に、社長は笑う。
「心情はわかるよ。――ボクにも、奥さんがいるから」
少しだけ、からかうように言うと、あたし達は解放された。
すぐに三人でエレベーターに乗り込むと、あたしは五階のボタンを押し、早川は三階を押した。
「――杉崎、悪かった」
「すみませんでした」
すると、ドアが閉まると同時に、二人で謝ってきたので、苦笑いが浮かんだ。
「――……あたしこそ、巻き込んでごめん。……あの人、高校の時の先輩でさ……まあ、昔いろいろあって……。まさか、こんな会社で会うとは思ってなかったわ」
少しだけ、言葉を濁す。
――本当の事など、言えるはずもない。
「オレは平気です。……茉奈さんこそ、大丈夫ですか」
野口くんは、そう言ってあたしの手を握るが、その手は驚く程に冷たい。
あたしが思わず見上げると、彼の額には脂汗が浮かんでいた。
「の、野口くん、大丈夫⁉」
「え、あ、ああ、すみません。……まさか、こんな状況になるとは思わなくて……」
苦笑いで返され、あたしは持っていたハンカチで、額を拭く。
「――野口、お前、何か病気なのか?」
すると、あたしの態度に異変を感じたのか、早川が尋ねる。
野口くんは、一瞬止まったが、自嘲するように口元を上げた。
「……病気、なんですかね。……コミュ障って」
「え」
「――野口くん、いいから。辛いなら、休んで行こう」
すると、到着音が聞こえ、あたしは彼の手を引いてエレベーターから降りる。
そして、箱の中を振り返って言った。
「……早川、ありがとう。……でも、アンタ、せっかく契約した相手先にケンカ売って大丈夫なの?」
「――部長経由で、担当変えてもらうさ。お互い、やりづらいだろうしな」
大した事ではないように笑う早川は、一旦、開閉ボタンを押してドアが閉まるのを止めた。
「――じゃあな、お疲れ」
「え、あ、ええ。……お疲れ様……」
野口くんは、無言で頭を下げる。
そして、そのまま、ドアは閉まり、エレベーターは再び動き出した――。
「ああ、すまないね、待たせてしまった」
「いえっ!」
早川が先陣を切って立ち上がる。
あたしも野口くんも、それに続いた。
だが、社長は、にこやかに首を振る。
「座って良いから。ボクも座るし、ね」
そう言って、上座に座ると、あたし達を見回す。
「ちょうど、取引先から帰って来たところだったんだけど、受付嬢のお二人がそわそわしていたから、どうしたのかと思ってねぇ」
そして、住吉さんを見上げると、彼もうなづく。
「そしたら、パーティションの向こうで、何だか穏やかじゃない言葉が聞こえてね、何かと思って寄って行ったら――さすがにボクでもヒドイ言葉を浴びせているのはわかったよ」
「あ、あの、社長……」
あたしが、恐る恐る口を開くと、わかっている、と、言わんばかりに笑顔で返された。
「大丈夫、受付嬢のお二人、まあまあ、聞き耳立てていてくれたから、最初からの流れは聞いているよ」
「――……申し訳ありません……」
「いや、杉崎くんのせいじゃないでしょ。キミの人となりを否定したんだよ、あの彼は。――とてもじゃないけれど、ボクは許せないねぇ」
社長の言葉に、胸が詰まる。
「キミたちも、そうだから、食ってかかったんだよね?」
そう言って、社長は、早川と野口くんを交互に見やった。
若干バツが悪そうに、二人はうなづく。
「まあ、事情が事情だし、今回のゴタゴタは不問にするよ。ただ、杉崎くん本人が耐えていたんだから、二人、少しは汲んでくれても良かったかもしれないけど」
「――……ハイ」
「申し訳ありません」
謝る二人に、社長は笑う。
「心情はわかるよ。――ボクにも、奥さんがいるから」
少しだけ、からかうように言うと、あたし達は解放された。
すぐに三人でエレベーターに乗り込むと、あたしは五階のボタンを押し、早川は三階を押した。
「――杉崎、悪かった」
「すみませんでした」
すると、ドアが閉まると同時に、二人で謝ってきたので、苦笑いが浮かんだ。
「――……あたしこそ、巻き込んでごめん。……あの人、高校の時の先輩でさ……まあ、昔いろいろあって……。まさか、こんな会社で会うとは思ってなかったわ」
少しだけ、言葉を濁す。
――本当の事など、言えるはずもない。
「オレは平気です。……茉奈さんこそ、大丈夫ですか」
野口くんは、そう言ってあたしの手を握るが、その手は驚く程に冷たい。
あたしが思わず見上げると、彼の額には脂汗が浮かんでいた。
「の、野口くん、大丈夫⁉」
「え、あ、ああ、すみません。……まさか、こんな状況になるとは思わなくて……」
苦笑いで返され、あたしは持っていたハンカチで、額を拭く。
「――野口、お前、何か病気なのか?」
すると、あたしの態度に異変を感じたのか、早川が尋ねる。
野口くんは、一瞬止まったが、自嘲するように口元を上げた。
「……病気、なんですかね。……コミュ障って」
「え」
「――野口くん、いいから。辛いなら、休んで行こう」
すると、到着音が聞こえ、あたしは彼の手を引いてエレベーターから降りる。
そして、箱の中を振り返って言った。
「……早川、ありがとう。……でも、アンタ、せっかく契約した相手先にケンカ売って大丈夫なの?」
「――部長経由で、担当変えてもらうさ。お互い、やりづらいだろうしな」
大した事ではないように笑う早川は、一旦、開閉ボタンを押してドアが閉まるのを止めた。
「――じゃあな、お疲れ」
「え、あ、ええ。……お疲れ様……」
野口くんは、無言で頭を下げる。
そして、そのまま、ドアは閉まり、エレベーターは再び動き出した――。