Runaway Love
28
あたし達が、部屋に戻ると、大野さんも外山さんも、まだ帰ってはいなかった。
「おう、お疲れ」
「――すみません、遅くなりました」
大野さんのところに、二人で向かうと、一緒に頭を下げる。
この場の責任者は、今、大野さんなのだから。
「――大体は、聞いてる」
「え」
「外山さん、情報網、中々のもんだな」
ニヤリと笑い、大野さんは外山さんの方を見やった。
「別に……普通だと思いますよ。同期が、帰り際に遭遇したんで、ちょっと回ってきただけです」
そう言って、彼女は、机の上の固定電話に視線を向けた。
どうやら、内線が来たらしい。
――用途を間違っていないだろうかとは思うが、今だけは、助かった。
改めて事情を説明する手間が省ける。
あたしは、大きく息を吐いた。
「――今さっきまで、社長と面談していました。今回の事は、不問だそうです」
「え?対応早いな」
「社長もその場にいられたのは、聞いてないんですか」
驚く大野さんに、あたしは尋ねる。
「ああ、ゴタゴタしてるのは聞いたがな」
「そこまでは、彼女達いなかったみたいですね。裏から出るコ達なんで。通りがかりに見かけて、内線くれたのかな」
情報源が誰かはわからないが、その場には、他にもたくさん社員がいたはずだ。
あたしは、マスクの中で、小さくため息をつく。
――ああ、また、敵が増えるのかしら。
半ばあきらめ加減ではあるが、仕方ない。
……だって、相手が山本先輩だなんて、知らなかったんだから。
あたし達は、そのまま片付けを終え、全員で帰宅の途につく。
「野口くん、一緒に帰ろう」
さっきの今で、彼の精神状況が心配になり、あたしはそう誘った。
少なくとも、巻き込んだ責任はあるのだから。
「――……ハイ」
こくん、と、うなづく彼の手を取り、裏から出る。
あたしのロッカーは、来週から使えるという事で、今、ロッカールームは通り過ぎるだけだ。
「大丈夫?運転できそう……?」
「――……します」
あたしは、野口くんをのぞき込むと、まだ顔は青いままだ。
当然だろう。
まったく知らない山本先輩に食ってかかり、社長にも呼び出され――緊張は半端ないはずだ。
「じ、じゃあ、あたしの家で、一旦休む?」
「え」
「落ち着くまでいていいからさ」
野口くんは、一瞬止まったが、無言でうなづいた。
会社の駐車場に車を置き、二人で、あたしの家まで向かう。
大回りしても良いとこ十五分程なので、そのまま歩いて行く事にした。
その間も、野口くんは口を閉じたまま。
けれど、指を絡めてつないだ手に、不自然な程に力が込められている。
あたしも、何も言わず歩き続け、アパートにたどり着いた。
「――お、お邪魔します」
「どうぞ。そんなに広くないけど」
野口くんは、少しだけ息を吐くと、部屋に上がった。
あたしは、彼の上着をハンガーにかけ、玄関のフックにかける。
「時間も時間だし、夕飯食べていく?」
そのまま中に案内し、ラグに座った彼に、あたしは尋ねた。
もう、七時近い。これから、落ち着くまで、どれだけかかるかわからないなら、少しでもお腹に何か入れておいた方が良いだろう。
「え、でも」
「どうせ、作り置き温めるくらいだから、手間じゃないわ。腕が、まだ本調子じゃないから、手の込んだ物作れなくて申し訳無いけど」
「そんな事、無いです。――じゃあ、お言葉に甘えて」
あたしは、うなづき、キッチンに向かおうとして足を止めた。
「あ、待ってる間、本棚見てても良いわよ。まあ、野口くん程じゃないけどさ」
そう言って、ベッドルームと仕切っているカーテンを開けて、目の前にある本棚を見せる。
実家を出る時に、選りすぐったお気に入りのものばかりなので、彼にも勧めたいと思ったのだ。
野口くんは、ゆっくりとこちらを見ると、立ち上がった。
「――良いんですか?」
「ええ。野口くんも、持ってるかもしれないけど」
あたしが、どれを勧めようかと本棚をのぞき込むと、彼は後ろから抱きしめてきて、耳元で囁く。
「――茉奈さん、今は、プライベートです」
「――っ……!」
ビクリと反応してしまうあたしを、野口くんは楽しそうにのぞき込んでくる。
「……か、駆……くん」
「良くできました」
「――きゃっ……」
そう言って、右の耳たぶを噛まれ、あたしは思わず声を上げてしまった。
彼の腕から逃れ、耳を押さえながら振り返る。
「……バカッ……!」
あたしがにらみ上げると、野口くんは、真っ赤になって固まった。
「……駆くん?」
「――……だから、反則ですって」
「え」
「おう、お疲れ」
「――すみません、遅くなりました」
大野さんのところに、二人で向かうと、一緒に頭を下げる。
この場の責任者は、今、大野さんなのだから。
「――大体は、聞いてる」
「え」
「外山さん、情報網、中々のもんだな」
ニヤリと笑い、大野さんは外山さんの方を見やった。
「別に……普通だと思いますよ。同期が、帰り際に遭遇したんで、ちょっと回ってきただけです」
そう言って、彼女は、机の上の固定電話に視線を向けた。
どうやら、内線が来たらしい。
――用途を間違っていないだろうかとは思うが、今だけは、助かった。
改めて事情を説明する手間が省ける。
あたしは、大きく息を吐いた。
「――今さっきまで、社長と面談していました。今回の事は、不問だそうです」
「え?対応早いな」
「社長もその場にいられたのは、聞いてないんですか」
驚く大野さんに、あたしは尋ねる。
「ああ、ゴタゴタしてるのは聞いたがな」
「そこまでは、彼女達いなかったみたいですね。裏から出るコ達なんで。通りがかりに見かけて、内線くれたのかな」
情報源が誰かはわからないが、その場には、他にもたくさん社員がいたはずだ。
あたしは、マスクの中で、小さくため息をつく。
――ああ、また、敵が増えるのかしら。
半ばあきらめ加減ではあるが、仕方ない。
……だって、相手が山本先輩だなんて、知らなかったんだから。
あたし達は、そのまま片付けを終え、全員で帰宅の途につく。
「野口くん、一緒に帰ろう」
さっきの今で、彼の精神状況が心配になり、あたしはそう誘った。
少なくとも、巻き込んだ責任はあるのだから。
「――……ハイ」
こくん、と、うなづく彼の手を取り、裏から出る。
あたしのロッカーは、来週から使えるという事で、今、ロッカールームは通り過ぎるだけだ。
「大丈夫?運転できそう……?」
「――……します」
あたしは、野口くんをのぞき込むと、まだ顔は青いままだ。
当然だろう。
まったく知らない山本先輩に食ってかかり、社長にも呼び出され――緊張は半端ないはずだ。
「じ、じゃあ、あたしの家で、一旦休む?」
「え」
「落ち着くまでいていいからさ」
野口くんは、一瞬止まったが、無言でうなづいた。
会社の駐車場に車を置き、二人で、あたしの家まで向かう。
大回りしても良いとこ十五分程なので、そのまま歩いて行く事にした。
その間も、野口くんは口を閉じたまま。
けれど、指を絡めてつないだ手に、不自然な程に力が込められている。
あたしも、何も言わず歩き続け、アパートにたどり着いた。
「――お、お邪魔します」
「どうぞ。そんなに広くないけど」
野口くんは、少しだけ息を吐くと、部屋に上がった。
あたしは、彼の上着をハンガーにかけ、玄関のフックにかける。
「時間も時間だし、夕飯食べていく?」
そのまま中に案内し、ラグに座った彼に、あたしは尋ねた。
もう、七時近い。これから、落ち着くまで、どれだけかかるかわからないなら、少しでもお腹に何か入れておいた方が良いだろう。
「え、でも」
「どうせ、作り置き温めるくらいだから、手間じゃないわ。腕が、まだ本調子じゃないから、手の込んだ物作れなくて申し訳無いけど」
「そんな事、無いです。――じゃあ、お言葉に甘えて」
あたしは、うなづき、キッチンに向かおうとして足を止めた。
「あ、待ってる間、本棚見てても良いわよ。まあ、野口くん程じゃないけどさ」
そう言って、ベッドルームと仕切っているカーテンを開けて、目の前にある本棚を見せる。
実家を出る時に、選りすぐったお気に入りのものばかりなので、彼にも勧めたいと思ったのだ。
野口くんは、ゆっくりとこちらを見ると、立ち上がった。
「――良いんですか?」
「ええ。野口くんも、持ってるかもしれないけど」
あたしが、どれを勧めようかと本棚をのぞき込むと、彼は後ろから抱きしめてきて、耳元で囁く。
「――茉奈さん、今は、プライベートです」
「――っ……!」
ビクリと反応してしまうあたしを、野口くんは楽しそうにのぞき込んでくる。
「……か、駆……くん」
「良くできました」
「――きゃっ……」
そう言って、右の耳たぶを噛まれ、あたしは思わず声を上げてしまった。
彼の腕から逃れ、耳を押さえながら振り返る。
「……バカッ……!」
あたしがにらみ上げると、野口くんは、真っ赤になって固まった。
「……駆くん?」
「――……だから、反則ですって」
「え」