Runaway Love

29

 それから、車で数十分。
 少し疲れが出たのか、うつらうつらしていたが、どうにか意識は保っていられた。
 タクシーの料金を払い、運転手に軽く挨拶をして降りると、あたしは、暗いままの店舗の脇を入り、自宅にたどり着く。

 ――今日は、大丈夫……かしら。

 一瞬だけ、不安になる。
 もし、また、岡くんがいるような事になったら……あたしは、何を口走るかわからない。
 恐る恐る、玄関のドアの鍵を開けると、あたしは、そっと中をのぞき込んだ。

「あれ、お姉ちゃん、来たの?」

「――奈津美」

 すると、ちょうど、キッチンから廊下に出てきた奈津美と鉢合わせして、固まってしまう。
「ていうか、マスク、どうしたのよ」
「――……別に……ちょっと、風邪気味だったから……念の為よ」
 あたしが、口ごもりながら言うと、奈津美はニヤニヤとあたしを見た。
「え、何、アタシに気ィ遣ってくれてんの?ヤダ、優しいー」
「……そういうんじゃないわよ」
「照れない、照れない」
 ――本気で、頭の中を見てみたいと思ってしまった。
 あたしは、怒鳴りたい衝動に駆られたが、どうにか我慢する。
 奈津美は、あたしが怒ったところで、何で怒っているのか理解できないんだから。
「でもさ、来るなら言ってよねー!お母さんー、お姉ちゃんが来たよー!」
 あたしの言い分に耳も貸さず、奈津美は母さんに声をかける。
「あら、ヤダ、忙しいんじゃないの、アンタ?別に来なくても良かったのに」
 母さんは、リビングから顔を出すと、あたしを見て眉を寄せた。
 ――その忙しい中を縫ってきた娘を、邪険にするとは。
「別に良いでしょ。……母さん、目離すと何かしでかしそうだし」
「ヒドイ言いぐさだねぇ!」
「自覚してよね」
 あたしは、そう言って、リビングに入る。

「あ、お帰りなさい、義姉(ねえ)さん」

 すると、ドアの目の前のソファに座っていた照行くんが、顔を上げて挨拶をしてきて、思わず硬直してしまう。
 手にはスマホ、何か見ていたようだ。
 あたしは、どう答えるのが正解か悩んでしまった分、一拍遅れて返した。
「――た、ただいま……」
 そして、チラリと周囲をうかがうと、岡くんの姿は無く、一安心する。
 いつも、不意打ちでいるのだから。
「お姉ちゃん、何、固まってんのよ。夕飯、食べていくの?ていうか、泊まる気?」
 あたしが立ち止まっていると、後ろから来た奈津美は、怪訝な表情でのぞき込みながら言った。
「――……そのつもりだったけど。まあ、アンタ達が泊まっていくんなら、帰るだけよ」
「何言ってんのよ。泊まっていけばいいじゃない。アタシ等、もうすぐ帰らないとだし」
「え」
「そんなに長居もしないわよ」
 そう言って、奈津美はあたしの脇を通り、リビングに入った。
 その後ろ姿は、まだ、妊婦には見えない。
「じゃあ、お母さん。お姉ちゃんが来たなら、アタシ達帰るわね」
「ハイハイ、ありがとね」
 母さんは、リビングから出て行く二人を、ソファに座りながら見送った。
 そして、あたしを見やり、ため息をつく。
「まったく、アンタは融通が利かないねぇ」
「何が」
「せっかくなんだから、姉妹、水入らずで」
「――無理。大体、照行くんがいるじゃない」
「良いじゃない、義弟(おとうと)なんだし」
 ケロッとした顔で返す母親に、あたしは、あきれるしかなかった。
< 129 / 382 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop