Runaway Love
31
お昼も終え、再び慌ただしくなる。
中締めと先に伝えていたという事もあり、領収証の滑り込みが十件以上あって、外山さんが、あたふたしていた。
「あー、もぉっ!何で、こんなにため込んでるんですかぁー!」
半分キレながらも処理を続ける彼女を、あたしは苦笑いで見やる。
「まだ良い方よ。――年度末直前に出された事もあったから」
そう言うと、大野さんが乗ってくる。
「それで、杉崎が営業部に殴り込みに行ったんだよな」
「人聞きの悪い事、言わないでください」
あたしがクギを刺すと、大野さんは素知らぬ顔で、仕事を再開した。
「でも、何か、わかります。塵も積もれば、ってヤツですよね、ホント」
外山さんは、そう言いながら、金庫を開けてもらい、それぞれの現金を準備する。
当日受付は午後三時まで。その分は、終業前までに自分で取りに来てもらうのが、ウチの通常。
領収証を持って来られるたびに、逐一処理していたら手間なのだから。
それから、あたしは、自分の方の仕事を片付け、大野さんの手伝いに回る。
ようやく一段落つけば、もう、終業時間だった。
「じゃあ、このまま中締めにしちまおう。外山さんは、杉崎が見てやってくれ」
大野さんは、そう言って、帳簿を渡してくる。
あたしは、それを受け取ると、隣の外山さんに説明を始めた。
彼女は真剣に耳を傾け、時折、メモを取る。
その姿勢は、とても、好ましい。
これだけ素直に人の言う事を聞いてくれれば、こちらもやりやすいのに。
不意に、奈津美の事を思い出してしまい、心の中で苦る。
あの娘は、いつも、我を押し通すから――……。
そして、いつだって、それが許されているんだ。
――しょうがない、なんて、甘やかされて。
「杉崎主任?」
「あ、ごめんなさい。えっと、こっちが終わったら――」
あたしは、気を取り直し、外山さんに説明を続けた。
「お疲れ様。ひとまず、不備は無しって事で、また明日から頼むわ」
「ハイ!」
「お疲れ様でした」
大野さんは、目頭を押さえながら、伸びをする。
パソコンを約一時間にらみ付けていたのだから、仕方ない。
それぞれが片づけを終え、帰り支度を始める。
「外山さん、タクシー呼ぶ?」
あたしが隣を見やると、外山さんは、首を振った。
「近くで彼氏が待っててくれるんで、連絡して、迎えに来てもらいます」
「――そう。じゃあ、それまでは一緒に待ってるわね」
「ええ⁉ダメですよ!野口さんと帰るんですよね!二人とも待たせる訳には……」
恐縮するように言うので、あたしは苦笑いで、机を挟んで向こう側にいた野口くんを見やった。
すると、あたしがうかがう前に、彼はうなづいて返す。
「……大した時間でもないでしょうから、気にしないでください」
「そういう事。いくら会社でも、一人にはできないわよ」
「……じゃあ……お言葉に甘えて」
外山さんはうなづくと、頭を下げる。
基本的に、真面目なコなんだろう。
部屋を全員で出て、大野さんが鍵をかける。
そして、すぐに来た空のエレベーターに乗ると、一瞬で一階に到着した。
「じゃあな、悪いがお先」
「はい。お疲れ様でした」
大野さんは、そう言って、先に裏の方へと早足で歩く。
それを見送っていると、外山さんがスマホを見て、あたしに言った。
「杉崎主任、彼氏、あと五分くらいだそうです」
「そう、結構近くにいたのね」
「ハイ。何か、国道沿いのカフェで、時間つぶしてたみたいで」
そして、外山さんは、ロッカールームへ急いで行った。
あたしはそれを見やると、思わず笑みが浮かぶ。
「――どうかしました?」
「え?」
すると、野口くんがのぞき込んできたので、あたしは顔を上げた。
「何だか、うれしそうに見えたんで」
「……いや、何か、幸せそうだなって」
「――うらやましいんですか?オレがいるのに?」
そう聞き返す彼は、少しだけふてくされているようだ。
「え、いや、そういうんじゃなくて……」
「冗談ですよ。あせらないでください」
「……野口くん」
あたしは、ジロリとにらむと、彼を置き去りにロッカールームへと入った。
中締めと先に伝えていたという事もあり、領収証の滑り込みが十件以上あって、外山さんが、あたふたしていた。
「あー、もぉっ!何で、こんなにため込んでるんですかぁー!」
半分キレながらも処理を続ける彼女を、あたしは苦笑いで見やる。
「まだ良い方よ。――年度末直前に出された事もあったから」
そう言うと、大野さんが乗ってくる。
「それで、杉崎が営業部に殴り込みに行ったんだよな」
「人聞きの悪い事、言わないでください」
あたしがクギを刺すと、大野さんは素知らぬ顔で、仕事を再開した。
「でも、何か、わかります。塵も積もれば、ってヤツですよね、ホント」
外山さんは、そう言いながら、金庫を開けてもらい、それぞれの現金を準備する。
当日受付は午後三時まで。その分は、終業前までに自分で取りに来てもらうのが、ウチの通常。
領収証を持って来られるたびに、逐一処理していたら手間なのだから。
それから、あたしは、自分の方の仕事を片付け、大野さんの手伝いに回る。
ようやく一段落つけば、もう、終業時間だった。
「じゃあ、このまま中締めにしちまおう。外山さんは、杉崎が見てやってくれ」
大野さんは、そう言って、帳簿を渡してくる。
あたしは、それを受け取ると、隣の外山さんに説明を始めた。
彼女は真剣に耳を傾け、時折、メモを取る。
その姿勢は、とても、好ましい。
これだけ素直に人の言う事を聞いてくれれば、こちらもやりやすいのに。
不意に、奈津美の事を思い出してしまい、心の中で苦る。
あの娘は、いつも、我を押し通すから――……。
そして、いつだって、それが許されているんだ。
――しょうがない、なんて、甘やかされて。
「杉崎主任?」
「あ、ごめんなさい。えっと、こっちが終わったら――」
あたしは、気を取り直し、外山さんに説明を続けた。
「お疲れ様。ひとまず、不備は無しって事で、また明日から頼むわ」
「ハイ!」
「お疲れ様でした」
大野さんは、目頭を押さえながら、伸びをする。
パソコンを約一時間にらみ付けていたのだから、仕方ない。
それぞれが片づけを終え、帰り支度を始める。
「外山さん、タクシー呼ぶ?」
あたしが隣を見やると、外山さんは、首を振った。
「近くで彼氏が待っててくれるんで、連絡して、迎えに来てもらいます」
「――そう。じゃあ、それまでは一緒に待ってるわね」
「ええ⁉ダメですよ!野口さんと帰るんですよね!二人とも待たせる訳には……」
恐縮するように言うので、あたしは苦笑いで、机を挟んで向こう側にいた野口くんを見やった。
すると、あたしがうかがう前に、彼はうなづいて返す。
「……大した時間でもないでしょうから、気にしないでください」
「そういう事。いくら会社でも、一人にはできないわよ」
「……じゃあ……お言葉に甘えて」
外山さんはうなづくと、頭を下げる。
基本的に、真面目なコなんだろう。
部屋を全員で出て、大野さんが鍵をかける。
そして、すぐに来た空のエレベーターに乗ると、一瞬で一階に到着した。
「じゃあな、悪いがお先」
「はい。お疲れ様でした」
大野さんは、そう言って、先に裏の方へと早足で歩く。
それを見送っていると、外山さんがスマホを見て、あたしに言った。
「杉崎主任、彼氏、あと五分くらいだそうです」
「そう、結構近くにいたのね」
「ハイ。何か、国道沿いのカフェで、時間つぶしてたみたいで」
そして、外山さんは、ロッカールームへ急いで行った。
あたしはそれを見やると、思わず笑みが浮かぶ。
「――どうかしました?」
「え?」
すると、野口くんがのぞき込んできたので、あたしは顔を上げた。
「何だか、うれしそうに見えたんで」
「……いや、何か、幸せそうだなって」
「――うらやましいんですか?オレがいるのに?」
そう聞き返す彼は、少しだけふてくされているようだ。
「え、いや、そういうんじゃなくて……」
「冗談ですよ。あせらないでください」
「……野口くん」
あたしは、ジロリとにらむと、彼を置き去りにロッカールームへと入った。