Runaway Love
翌日からは、それでも、割と穏やかに過ごせた。
――まあ、プライベートは別だけれど。
仕事は、神経をすり減らす事もなく、マスクで隠していた頬も、どうにか見られるようになったので、取って出社できた。
――ようやく、徐々に、今までの日常が戻って来たようだった。
「杉崎」
金曜日――今日は、野口くんが実家の用事で、あたしは、一人で帰宅する。
最近は、ずっと、乗せてもらってばかりだったので、妙に新鮮だった。
名前を呼ばれて振り返れば、すぐ後ろに、早川のいつものお高いスーツが視界に入る。
「――何」
「……時間、あるか」
「……用があるなら、ここで済ませてちょうだい」
せっかく落ち着いてきたウワサが、再燃してしまうではないか。
あたしは、気持ちゆっくりと歩くと、早川は口を開いた。
「――明日、出発だから」
「――……そう……」
いよいよ、大阪へ行くのか。
あたしは、隣を歩く早川を見上げた。
「――……月並みで申し訳ないけど、元気で。――頑張ってね」
「……さみしくなる、とか、言えよな」
「……勘違いするような事、するな、って言ったのは自分じゃない」
すると、早川は口元を上げる。
「……何よ」
「――覚えてんのな」
「……べ、別にっ……」
あたしは、慌てて視線をそらした。
――しまった。
つい、口が滑ってしまった。
それは、コイツが部屋に泊まった時に、言っていた言葉だ。
「マズい、とか、顔に出すなよな。――せっかく、最後にマスク取れた顔見られたのによ」
「……わ、悪かったわね」
「――まあ、良いさ。……杉崎こそ、元気でな。次に会うのは、盆休みあたりか」
あたしは、その言葉に、眉を寄せた。
「何で、会う事前提なのよ」
――……もう、辞めるかもしれないのに。
でも、それを言う気にはなれない。
「顔が見たいからに決まってるだろうが」
「――……困るから」
「土産、渡しに来るくらい、良いじゃねぇか」
「――会社に持って来なさいよ」
「なら、部屋の前に置いていくからな」
「やめなさいってば!」
ポンポンと続く会話が、懐かしすぎて――あたしは、不意に涙が浮かび、慌ててこすった。
「杉崎?」
「――……何だか……昔に戻ったみたいって思って――」
「……ああ、最初の頃は、なぁ……」
少しだけ苦笑いを浮かべる早川は、立ち止まって、遠くを見つめた。
「――でも、もう、あの時には、お前の事、好きだったからな」
「……わかんないわよ、そんなの」
入社当初、いろいろ覚えるのに必死な時に限って、ちょっかいをかけてくるコイツが腹立たしくて――言い合いが日常になっていたものだ。
――あの頃のままが良かった。
早川には悪いけれど――仲の良い同僚、というものがいなかったあたしには、ある意味、貴重な存在だったのに。
「――じゃあな。……たまには、思い出せよ」
「――……気が向いたら、ね」
あたしとは、一生の別れかもしれない。
でも、成果を出したのなら、課長に昇進するのだ。
悲しい別れでは、ないはずなのに。
――けれど、五年の間、ずっと顔を合わせていたコイツと会えなくなるのは――ほんの少しだけ、悲しいと思った。
――まあ、プライベートは別だけれど。
仕事は、神経をすり減らす事もなく、マスクで隠していた頬も、どうにか見られるようになったので、取って出社できた。
――ようやく、徐々に、今までの日常が戻って来たようだった。
「杉崎」
金曜日――今日は、野口くんが実家の用事で、あたしは、一人で帰宅する。
最近は、ずっと、乗せてもらってばかりだったので、妙に新鮮だった。
名前を呼ばれて振り返れば、すぐ後ろに、早川のいつものお高いスーツが視界に入る。
「――何」
「……時間、あるか」
「……用があるなら、ここで済ませてちょうだい」
せっかく落ち着いてきたウワサが、再燃してしまうではないか。
あたしは、気持ちゆっくりと歩くと、早川は口を開いた。
「――明日、出発だから」
「――……そう……」
いよいよ、大阪へ行くのか。
あたしは、隣を歩く早川を見上げた。
「――……月並みで申し訳ないけど、元気で。――頑張ってね」
「……さみしくなる、とか、言えよな」
「……勘違いするような事、するな、って言ったのは自分じゃない」
すると、早川は口元を上げる。
「……何よ」
「――覚えてんのな」
「……べ、別にっ……」
あたしは、慌てて視線をそらした。
――しまった。
つい、口が滑ってしまった。
それは、コイツが部屋に泊まった時に、言っていた言葉だ。
「マズい、とか、顔に出すなよな。――せっかく、最後にマスク取れた顔見られたのによ」
「……わ、悪かったわね」
「――まあ、良いさ。……杉崎こそ、元気でな。次に会うのは、盆休みあたりか」
あたしは、その言葉に、眉を寄せた。
「何で、会う事前提なのよ」
――……もう、辞めるかもしれないのに。
でも、それを言う気にはなれない。
「顔が見たいからに決まってるだろうが」
「――……困るから」
「土産、渡しに来るくらい、良いじゃねぇか」
「――会社に持って来なさいよ」
「なら、部屋の前に置いていくからな」
「やめなさいってば!」
ポンポンと続く会話が、懐かしすぎて――あたしは、不意に涙が浮かび、慌ててこすった。
「杉崎?」
「――……何だか……昔に戻ったみたいって思って――」
「……ああ、最初の頃は、なぁ……」
少しだけ苦笑いを浮かべる早川は、立ち止まって、遠くを見つめた。
「――でも、もう、あの時には、お前の事、好きだったからな」
「……わかんないわよ、そんなの」
入社当初、いろいろ覚えるのに必死な時に限って、ちょっかいをかけてくるコイツが腹立たしくて――言い合いが日常になっていたものだ。
――あの頃のままが良かった。
早川には悪いけれど――仲の良い同僚、というものがいなかったあたしには、ある意味、貴重な存在だったのに。
「――じゃあな。……たまには、思い出せよ」
「――……気が向いたら、ね」
あたしとは、一生の別れかもしれない。
でも、成果を出したのなら、課長に昇進するのだ。
悲しい別れでは、ないはずなのに。
――けれど、五年の間、ずっと顔を合わせていたコイツと会えなくなるのは――ほんの少しだけ、悲しいと思った。