Runaway Love
33
そして、いよいよ、土曜日。
できるだけ、奈津美と顔を合わせたくなくて、昨日、かなり遅くに実家に来てみれば、既に体調を崩して眠っているとの事で、拍子抜けしてしまった。
「――おはよ、お姉ちゃん」
「……おはよ……。顔色悪いんだけど」
翌朝、あたしが、キッチンに入ると、ちょうど水を飲んでいた奈津美は振り返って挨拶をしてきた――が、その顔は真っ青だった。
二階の部屋に上がるのも辛かったようで、奈津美は、リビングに布団を敷いて寝ていたらしい。
「仕方ないのよ、つわり、急にひどくなっちゃって。ご飯が食べられなくてさ」
「……だ、大丈夫なの、それ」
「まあ、今日の検診でどうなるか、だけど。……もしかしたら、仕事、休むか辞めるかするかもしれないわ」
「え」
あっさりと言ってのける奈津美を、あたしは凝視してしまう。
――何で、そんな簡単に……!
「あ、将太からだ」
すると、不意に奈津美が持っていたスマホが鳴り出したので、あたしは口をつぐんだ。
「――うん、じゃあ、これからね」
通話が終了し、奈津美はあたしを見やる。
「お姉ちゃん、将太、これから家出るって」
「――そう」
あたしは、それ以上何も言われたくなくて、自分の部屋へと駆け上がった。
それから十五分ほどで、岡くんが、車を店の前に付けた。
「おはようございます」
そして、あたしが、よろよろと歩く奈津美を支えながら向かって行くと、岡くんは、あくまで事務的に頭を下げる。
「――おはよう。……今日は、ありがとう。助かる」
「……いえ」
あたしの言葉に、かすかにうなづくと、岡くんは、奈津美をのぞき込んだ。
「奈津美、大丈夫か?」
「将太ー、無理ー!絶対、吐くー!」
「ちょっと、奈津美!」
既に、つわりで気持ち悪いらしい。
奈津美は、口元を押さえながら、半泣きだ。
そして、車に乗り込むと、すぐに横になった。
あたしは、隣で、万が一に備える事にする。
仮にも、こちらが頼んで出した車に吐く事になったら、申し訳無さすぎる。
「医者まで、二十分くらいだから。まあ、気持ち悪くなったら、あきらめて吐けばいいよ」
「お、岡くん!そういう訳には……」
あたしは、あせって彼を見やる。
彼は、チラリとだけこちらに視線を向け、そして前を向いた。
「――茉奈さん、言いましたっけ?オレ、兄ちゃん、二人とも子持ちだって」
「え」
「義姉さんたちが、しんどい思いしてるの、ずっと見てきましたから――奈津美がキツイのくらい、わかりますよ」
「……でも……」
「好きでこんな風になってる訳じゃないんですよ。――個人差はあるでしょうけど、仕方ないんです」
「――……わ、わかったわよ……」
その、少しだけ突き放した口調に、一瞬、胸がズキリと痛み、思わず視線をそらしてしまう。
今まで見てきた岡くんとは、全然違う――冷静な彼に、戸惑いと、ほんの少しの怒りを感じた。
――……何よ、自分の方がわかっているみたいな言い方……!
結局、何だかんだ言って、奈津美の味方なんじゃない。
そう思ったところで、車はゆっくりと動き出し、あたしは、慌ててシートベルトをつけた。
「茉奈さん、奈津美の事、ちゃんと見ててください」
「――い、言われなくてもっ……!」
あたしは、岡くんから視線をそらし、隣で横たわる奈津美を見下ろす。
真っ青な顔で、口に手を当てながら深呼吸を繰り返している妹を、少しだけ不憫に思えた。
できるだけ、奈津美と顔を合わせたくなくて、昨日、かなり遅くに実家に来てみれば、既に体調を崩して眠っているとの事で、拍子抜けしてしまった。
「――おはよ、お姉ちゃん」
「……おはよ……。顔色悪いんだけど」
翌朝、あたしが、キッチンに入ると、ちょうど水を飲んでいた奈津美は振り返って挨拶をしてきた――が、その顔は真っ青だった。
二階の部屋に上がるのも辛かったようで、奈津美は、リビングに布団を敷いて寝ていたらしい。
「仕方ないのよ、つわり、急にひどくなっちゃって。ご飯が食べられなくてさ」
「……だ、大丈夫なの、それ」
「まあ、今日の検診でどうなるか、だけど。……もしかしたら、仕事、休むか辞めるかするかもしれないわ」
「え」
あっさりと言ってのける奈津美を、あたしは凝視してしまう。
――何で、そんな簡単に……!
「あ、将太からだ」
すると、不意に奈津美が持っていたスマホが鳴り出したので、あたしは口をつぐんだ。
「――うん、じゃあ、これからね」
通話が終了し、奈津美はあたしを見やる。
「お姉ちゃん、将太、これから家出るって」
「――そう」
あたしは、それ以上何も言われたくなくて、自分の部屋へと駆け上がった。
それから十五分ほどで、岡くんが、車を店の前に付けた。
「おはようございます」
そして、あたしが、よろよろと歩く奈津美を支えながら向かって行くと、岡くんは、あくまで事務的に頭を下げる。
「――おはよう。……今日は、ありがとう。助かる」
「……いえ」
あたしの言葉に、かすかにうなづくと、岡くんは、奈津美をのぞき込んだ。
「奈津美、大丈夫か?」
「将太ー、無理ー!絶対、吐くー!」
「ちょっと、奈津美!」
既に、つわりで気持ち悪いらしい。
奈津美は、口元を押さえながら、半泣きだ。
そして、車に乗り込むと、すぐに横になった。
あたしは、隣で、万が一に備える事にする。
仮にも、こちらが頼んで出した車に吐く事になったら、申し訳無さすぎる。
「医者まで、二十分くらいだから。まあ、気持ち悪くなったら、あきらめて吐けばいいよ」
「お、岡くん!そういう訳には……」
あたしは、あせって彼を見やる。
彼は、チラリとだけこちらに視線を向け、そして前を向いた。
「――茉奈さん、言いましたっけ?オレ、兄ちゃん、二人とも子持ちだって」
「え」
「義姉さんたちが、しんどい思いしてるの、ずっと見てきましたから――奈津美がキツイのくらい、わかりますよ」
「……でも……」
「好きでこんな風になってる訳じゃないんですよ。――個人差はあるでしょうけど、仕方ないんです」
「――……わ、わかったわよ……」
その、少しだけ突き放した口調に、一瞬、胸がズキリと痛み、思わず視線をそらしてしまう。
今まで見てきた岡くんとは、全然違う――冷静な彼に、戸惑いと、ほんの少しの怒りを感じた。
――……何よ、自分の方がわかっているみたいな言い方……!
結局、何だかんだ言って、奈津美の味方なんじゃない。
そう思ったところで、車はゆっくりと動き出し、あたしは、慌ててシートベルトをつけた。
「茉奈さん、奈津美の事、ちゃんと見ててください」
「――い、言われなくてもっ……!」
あたしは、岡くんから視線をそらし、隣で横たわる奈津美を見下ろす。
真っ青な顔で、口に手を当てながら深呼吸を繰り返している妹を、少しだけ不憫に思えた。