Runaway Love
ようやくレジを通り、パンパンになった買い物袋を抱えて店を出る。
「大荷物だね。荷物持ち、いないの?」
「――……っ……」
声のした方に視線を向けると、あたしは息をのんだ。
――山本先輩は、Tシャツにカーゴパンツというラフな格好で、あたしの隣にさりげなく来て歩いていた。
「……な、んで……」
全身から血の気が引いていく。
嫌な鼓動の速さに、脂汗が出てきそうだ。
あたしは、視線を落とし、どうにか足を進める。
立ち止まったら、どうなるかわからない。
「たまたまだよ。近くに友人が住んでるんだ。ちょっと、ジャンケンで負けて、買い出しにね」
そう言って、先輩は、自分が持っていた袋を、あたしに見せる。
「キミも、近所なの?」
その質問に、思わず言葉に詰まった。
――一体、どういうつもりなんだ。
けれど、先輩は、相変わらず、何も気にしていないように続けた。
「まあ、良いけどね。あの彼氏くんとは、まだ続いてるの?」
「――……先輩には関係無いかと思いますが」
震えそうになる声を押さえ、視線を下げたまま、どうにか言い切る。
「そうだけど。あんまりな態度取らない方が良いんじゃない?」
だが、その言葉に、思わず顔を上げてしまった。
「――……どういう……意味、ですか」
「聞いてるよ?二股のウワサ。結構、いろんな会社の営業の間で、有名みたいだね」
「――……デマです」
――ああ、やっぱり、広まっていたんだ。
そう思うと、くやしさに、バッグを握っている手に、力が不自然にこもった。
そんなあたしの心境も気にせず、先輩は続ける。
「え?でも、三角関係は事実だよね?僕の目の前で、公開告白だったじゃない、早川さん。ウワサ修整してあげようか」
ニヤニヤと笑いながら、あたしをのぞき込む先輩は、唐突に話題を変えた。
――いや、本題に移ったのだ。
「ねえ、奈津美ちゃんには会えない?」
予想通りの問いかけに、無意識に苦笑いが浮かぶ。
今日は、もう、マスクは無いから、表情は丸わかりだが、それでも良かった。
あたしの表情に、先輩は、あからさまに不服そうだ。
そして、少しだけイラつきを含んだ口調で、再び問いかけられた。
「――人の話、聞いてる?」
「――……奈津美は、入院中です」
「え?」
「……今、妊娠して……つわりがひどくて」
「ええー……マジかぁ」
先輩は、そう言って、わざとらしく大きなため息をついた。
あたしは、足を止めて、先輩を見上げる。
――絶対に、奈津美に手は出させない。
たとえ、苦手な妹でも、あんなに頑張ってる姿を見て、放っておけるほど、あたしは冷めた人間ではない。
照行くんの為にも――あたしで守れるなら、守らなきゃ。
「――……ですから、これ以上、奈津美に関しては何も言いませんし、取り次ぎもしません。……あたしは、今月で会社を辞めますので、先輩が何を考えてらっしゃっても、影響する事はありません」
あたしは、そう宣言すると、先輩に背を向けて歩き出す。
けれど、すぐに後ろから笑い声が聞こえ、思わず振り返った。
「――そっか、残念。……まあ、いいや、キミで」
「……は?」
先輩は、大股であたしに近づくと、バッグを持っていた左腕を取る。
その強さに、顔をしかめた。
「せ、先輩」
「――今さ、キミのおかげで、会社で僕の評判落ちちゃって。責任、取ってくれない?」
「……な、にを……」
あたしを見る先輩の目の鋭さに、一瞬、怯む。
先輩は、それに構わず、笑顔で続けた。
「憂さ晴らし。どうせ、ヒマでしょ?」
――……どうして、この人はっ……!
あたしは、無理矢理、掴まれた腕をほどこうともがく。
「ヒマじゃありません。――……これ以上は、通報します」
「何だよ、それ」
眉を寄せる先輩は、舌打ちする。
それだけで、心臓は止まりそうだ。
「相変わらず、融通利かないコだね、キミ」
「――何とでもおっしゃってください」
「……ふぅん……ったく、つまんないな。でも、昔よりは見られるようになったし……セフレくらいなら、まあ、アリかな」
あたしは、背筋に寒気が走る。
――……この人、何を言ってるの……?!。
怒りを通り越して、だんだん、怖くなってきた。
「どう?彼氏よりは、快くしてあげられるけど?」
荷物を持っていなければ、引っぱたくところだった。
あたしは、できる限りの怒りを込めて、先輩をにらみつけた。
「――絶対に、お断りです」
それだけ言い残し、荷物を抱えて、あたしは小走りにその場を去った。
「大荷物だね。荷物持ち、いないの?」
「――……っ……」
声のした方に視線を向けると、あたしは息をのんだ。
――山本先輩は、Tシャツにカーゴパンツというラフな格好で、あたしの隣にさりげなく来て歩いていた。
「……な、んで……」
全身から血の気が引いていく。
嫌な鼓動の速さに、脂汗が出てきそうだ。
あたしは、視線を落とし、どうにか足を進める。
立ち止まったら、どうなるかわからない。
「たまたまだよ。近くに友人が住んでるんだ。ちょっと、ジャンケンで負けて、買い出しにね」
そう言って、先輩は、自分が持っていた袋を、あたしに見せる。
「キミも、近所なの?」
その質問に、思わず言葉に詰まった。
――一体、どういうつもりなんだ。
けれど、先輩は、相変わらず、何も気にしていないように続けた。
「まあ、良いけどね。あの彼氏くんとは、まだ続いてるの?」
「――……先輩には関係無いかと思いますが」
震えそうになる声を押さえ、視線を下げたまま、どうにか言い切る。
「そうだけど。あんまりな態度取らない方が良いんじゃない?」
だが、その言葉に、思わず顔を上げてしまった。
「――……どういう……意味、ですか」
「聞いてるよ?二股のウワサ。結構、いろんな会社の営業の間で、有名みたいだね」
「――……デマです」
――ああ、やっぱり、広まっていたんだ。
そう思うと、くやしさに、バッグを握っている手に、力が不自然にこもった。
そんなあたしの心境も気にせず、先輩は続ける。
「え?でも、三角関係は事実だよね?僕の目の前で、公開告白だったじゃない、早川さん。ウワサ修整してあげようか」
ニヤニヤと笑いながら、あたしをのぞき込む先輩は、唐突に話題を変えた。
――いや、本題に移ったのだ。
「ねえ、奈津美ちゃんには会えない?」
予想通りの問いかけに、無意識に苦笑いが浮かぶ。
今日は、もう、マスクは無いから、表情は丸わかりだが、それでも良かった。
あたしの表情に、先輩は、あからさまに不服そうだ。
そして、少しだけイラつきを含んだ口調で、再び問いかけられた。
「――人の話、聞いてる?」
「――……奈津美は、入院中です」
「え?」
「……今、妊娠して……つわりがひどくて」
「ええー……マジかぁ」
先輩は、そう言って、わざとらしく大きなため息をついた。
あたしは、足を止めて、先輩を見上げる。
――絶対に、奈津美に手は出させない。
たとえ、苦手な妹でも、あんなに頑張ってる姿を見て、放っておけるほど、あたしは冷めた人間ではない。
照行くんの為にも――あたしで守れるなら、守らなきゃ。
「――……ですから、これ以上、奈津美に関しては何も言いませんし、取り次ぎもしません。……あたしは、今月で会社を辞めますので、先輩が何を考えてらっしゃっても、影響する事はありません」
あたしは、そう宣言すると、先輩に背を向けて歩き出す。
けれど、すぐに後ろから笑い声が聞こえ、思わず振り返った。
「――そっか、残念。……まあ、いいや、キミで」
「……は?」
先輩は、大股であたしに近づくと、バッグを持っていた左腕を取る。
その強さに、顔をしかめた。
「せ、先輩」
「――今さ、キミのおかげで、会社で僕の評判落ちちゃって。責任、取ってくれない?」
「……な、にを……」
あたしを見る先輩の目の鋭さに、一瞬、怯む。
先輩は、それに構わず、笑顔で続けた。
「憂さ晴らし。どうせ、ヒマでしょ?」
――……どうして、この人はっ……!
あたしは、無理矢理、掴まれた腕をほどこうともがく。
「ヒマじゃありません。――……これ以上は、通報します」
「何だよ、それ」
眉を寄せる先輩は、舌打ちする。
それだけで、心臓は止まりそうだ。
「相変わらず、融通利かないコだね、キミ」
「――何とでもおっしゃってください」
「……ふぅん……ったく、つまんないな。でも、昔よりは見られるようになったし……セフレくらいなら、まあ、アリかな」
あたしは、背筋に寒気が走る。
――……この人、何を言ってるの……?!。
怒りを通り越して、だんだん、怖くなってきた。
「どう?彼氏よりは、快くしてあげられるけど?」
荷物を持っていなければ、引っぱたくところだった。
あたしは、できる限りの怒りを込めて、先輩をにらみつけた。
「――絶対に、お断りです」
それだけ言い残し、荷物を抱えて、あたしは小走りにその場を去った。