Runaway Love
 慌ててドラッグストアに駆け込み、シャンプーや、洗剤をまとめ買い。
 その途中、コスメのコーナーに目が行き、あたしは立ち止まる。
 持っているのは、すべて、会社仕様。
 外出時だって、ほとんどノーメイクだ。
 けれど、この前のデート準備で、思い知らされた。
 あたしは、いつも同じ姿で、同じメイクで――……野口くんは、それで良かったんだろうか。
 彼の隣にいるのなら、もっと、見合うような、キレイな姿でいなきゃいけないんじゃないだろうか――。

 何十種類と並べられたリップやアイシャドウ、キラキラと飾り立てられたディスプレイを見ながら、視線を落とす。

 ――変わりたくない。
 ――男のために変わる、なんて、考えたくない。

 でも……野口くんの事を考えたら――少しは考えなきゃいけないんだろう。

 ただでさえ、あたしの方がオバサンなんだから、それくらいは努力しないと……。

 ――たとえ、終わる事が前提でも、その間だけは――……彼の中で、せめて、キレイな思い出にならなきゃいけない。
 それが、あたしにできる、最大限の事。

 あたしは、罪悪感と闘いながら、しばらくその場でディスプレイを眺めていた。


「よいしょっ……とっ」

 再びの掛け声。
 さっきよりも、ズッシリとした重みに、息が切れる。
 さすがに、液体洗剤特大サイズはキツイものがある。
 それに、トイレットペーパーやティッシュの大物。
 必要最低限と思っても、やはり、色々見ていると必要と思ってしまい、手に取ってみるのだ。
 そのまま、すぐに定位置に片付けると、あたしはラグに横になった。
 そして、脇に投げたバッグから、コスメ用品の紙袋を取り出す。

 ――結局、いつもより少し赤が強いリップスティックを買ってみた。

 派手にならないよう、マットな感じではあるが、今までつけた事も無い色。
 けれど、店員に勧められ、試しに塗ってみたら、意外に派手には見えなかったのが決め手だった。
 あたしは、じっと、それを手に取り見つめる。

 ――……ちゃんと、思い出になれるかしら。

 目を伏せれば、いろんな表情を見せる野口くんが浮かぶ。
 偽装の彼氏だったはずなのに――本当の恋人になりたいと言ってくれた彼。
 恋愛なんか、したくない。
 そう言ったあたしを、変えてみせると宣言してくれて――。

 ――”相変わらず”。

 けれど、先輩の言葉が浮かんできて、首を振る。

 どんなに優しい言葉をかけてくれても、どれだけ、優しく触れてくれても――結局、あたしの中の棘は、刺さったまま……抜ける事は無くて。

 ――……どんなに、好きだと言ってくれても……それを受け入れきれないのは、あたし自身の問題。

 あの人に振り回されるのは嫌なのに――どうやっても、逃れられないのだ。
 それは、十年以上経った今でも。

 ――改めて、思い知らされた。

 あたしは、唇を噛みしめる。
 
 ――これ以上、野口くんの時間を無駄にしたくない。
 ――……早く……折を見て別れた方が良いんだろう……。

 彼には、あたしなんかよりも、ずっと良い女性(ひと)がいるはずだから。

 自然と浮かんできた涙は、放っておく。

 やっぱり、あたしは、もう……誰かを好きになんて、なりたくない――いや、好きになる事なんて、できないんだろう。


「――……ごめんなさい……」


 流れていく涙は止まってはくれない。

 ――罪悪感は、一緒に流れてはくれなかった。
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