Runaway Love
 南工場は、ここから車で三十分ほどの、レトルト食品とお菓子の主力商品をメインに作っている場所だ。
 規模は、他の工場よりも小さいけれど、少ない種類を大量生産している。
 あたしのアパートからだと、国道のバス停から大体四十分程で着く事ができる。
 出勤時間が伸びるけれど、今、この状況を打開できるのなら、あきらめて、その考えに乗るしかない。

 部長と一緒に経理部の部屋に戻り、その旨を伝えると、みんなで、ほう、と、息を吐いた。
「……まあ、ひとまず、退職は延長ってコトか」
「……様子を見てくれ、と、社長が――……」
 大野さんは、あたしを見上げると、苦笑いを浮かべた。
「本人がいなきゃ、嫌がらせだの何だのも、やりようがないしな」
「え」
 ――何で、それを。
 あたしの表情で、大野さんは、マズい、という表情(カオ)を見せた。
「……すみません、杉崎主任。あたしが……」
 すると、外山さんが、申し訳無さそうに頭を下げる。
 ――やはりSNSで筒抜けか。
 妙に感心してしまった。
「……気にしないで。……いずれ、わかる事だったでしょうしね」
 彼女に頭を上げさせると、あたしは席に着いた。
「まあ、そういう訳です。……どうやら、こっちの仕事もリモートでするようなので、フォローよろしくお願いします」
 あたしは、顔を上げて全員を見回すと、うなづいて返された。

 ――とにかく、あと二週間。

 それで、現状が変わるなら――辞めない。


「――ひとまず、安心しました」

 帰りがけ、ロッカールームから出てくると、待っていた野口くんがそう言ったので、あたしは苦笑いで返す。
「ひとまず、だから」
「……でも、先の事なんて、わかりません」
「――……そうね」
 その言葉にうなづくと、あたしは、正面玄関へと向かう。
 帰りにも貼ってあると思った貼り紙は、今日は無かった。
 それが、社長の言葉と関係があるのかは、わからない。
「今日は、ご実家、どうするんですか?」
「――……まだ、妹が入院しているから、病院に様子見に行こうと思うわ」
 先輩が何かするとは思えないけれど――今、奈津美の状態が悪化するような真似だけは、させたくない。
「送りますよ」
「……ううん、大丈夫。ありがとう」
「茉奈さん」
 正面玄関を出ると、野口くんは、あたしの手を強く引いた。
 そして、駐車場の、定位置に向かう。
「ちょっ……野口くん?」
 珍しく強引な彼に、戸惑う。
「――この時間なんですから、送ります。直行するなら、場所教えてください」
 そう言いながら、野口くんは、すぐに停めていた車のドアを開け、あたしを乗せる。
 そして、自分も運転席に乗り込むと、エンジンをかけた。
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