Runaway Love
38
アパートを出て、車に乗り、約三十分。
街の図書館は、去年、建て替えたばかりで、蔵書数も県内随一になった。
あたしは、そわそわしながら、野口くんがドアを開けてくれた途端、車から飛び降りるように出た。
「茉奈さん、転びますよ」
「こっ、転ばないわっ……」
――言ったそばから、足がよろめいてしまった。
野口くんは、すぐに、あたしを支えると、苦笑いを浮かべた。
「……子供じゃないんですから」
「……わっ……悪かったわねっ……!」
少々恥ずかしくなり、視線をそらす。
すると、視界に入ったのは、不自然な程にきれいな建造物。
意匠を凝らした設計は、どこか有名な建築家がデザインしたらしい。
そう、広報紙に書いてあったのを、思い出す。
「じゃあ、ひとまず時間決めて、別れますか?」
「そうね。お互い、見たい本いっぱいだろうしね」
笑い合って、うなづく。
こういう時、野口くんは理解が早くて助かる。
――岡くんなら、きっと、ついて回って、あたしに煙たがられるだろうに。
そんな事を考えてしまい、思わず首を振った。
「茉奈さん?」
「な、何でもないわ。――じゃあ、一時間くらいで大丈夫?足りないかしら?」
いぶかしげに名を呼ぶ野口くんに、あたしは、取り繕うように笑って言った。
「――大丈夫です。じゃあ、また、ここで」
「ええ」
そう、二人うなづき合い、スマホのアラームをバイブ設定にする。
そして、昔よりも数倍広くなった図書館を見回した。
――さて、どこから回ろうか。
まるで、探検するような高揚感を覚えながら、あたしは、足を進めた。
ひとまず、野口くんとは反対側を見て回ったが、思った以上に蔵書が多くて、借りようと思って手に取った本を、戻さざるを得なくなる。
一人、二週間、十冊まで。
――時間も冊数も足りないわ。
あたしは、自分のスケジュールを思い浮かべ、ため息をついた。
これから、たぶん、忙しくなるだろうから、週末にしか読めそうもない。
小説の棚を通り抜け、隣のエリアはノンフィクション系。
そして、そこを眺めながら、どんどん奥に向かって行く。
学術系のエリアに入って行くと、やはり、人気は全く無い。
図鑑や研究資料のような、分厚い本の、よくわからないタイトルばかりが並ぶ棚に圧倒されながらも、足を進める。
そこは、あたしのような人間には縁の無い所。
興味本位で、そっと入って行く。
とりあえずは、全部見てみたい。せっかく新しくなったんだから。
そう思って足を進め――急にバランスを崩す。
――え。
原因は、左腕を強く引かれたから。
あたしは、驚いて振り返り――更に驚いた。
「――……お、岡、くん……。……何、で……」
パーカーにデニム。ラフな格好の彼は、重そうな辞典のようなものや、難しいタイトルの分厚い本を五冊ほど左手で抱え、右手はあたしの腕を取っている。
彼は、すぐに手を離すと、少しだけ視線をそらした。
その行動に、胸がきしんでしまうけれど、無理矢理押さえつける。
「――研究資料、探しに来たんです。……大学の図書館、他の人に借りられてたから、教授に、似たような内容の本、借りて来て良いって言われて……」
「――……研究……?」
あたしが、眉を寄せると、岡くんは口元を上げて耳元にそっと顔を近づけ、囁いた。
「オレ、建築学専攻なんです」
「――……っ……!」
思わず息をのみ、あたしは彼をにらむ。
ニコリと笑い返されて確信。絶対に、わざとだ。
「それに、ここ、世界的に有名な人がデザインしてるから、勉強も兼ねて」
「――……そう」
あたしは、岡くんを見上げ、戸惑う。
今まで見た事も無い、真剣な表情で、視線を上に向けている。
吹き抜けの天井も、至るところに、工夫が散りばめられて、素人でも見入るくらい。
ここは、専門で勉強している彼にとっては、良い研究材料という事になるのだろう。
そして、それは――それだけ、本気で勉強しているという事。
「……それより、茉奈さんこそ、どうして……。ここ、アパートからも、実家からも遠いでしょう?バスか何かで来たんですか」
その質問に、一瞬、迷う。
けれど、正直に口にした。
たぶん、ウソは通用しないような気がしたから。
「……野口くんが、連れてきてくれたのよ」
「――……そう、ですか……」
何かを言いたげにした岡くんに、あたしは背を向ける。
「……じゃあね。……勉強、頑張んなさいよ」
「茉奈さん」
これ以上向き合っていたら――自分がどうなるかわからなくて、怖くなった。
ドクドクと脈打つ心臓は、更に、きしんで悲鳴を上げた。
街の図書館は、去年、建て替えたばかりで、蔵書数も県内随一になった。
あたしは、そわそわしながら、野口くんがドアを開けてくれた途端、車から飛び降りるように出た。
「茉奈さん、転びますよ」
「こっ、転ばないわっ……」
――言ったそばから、足がよろめいてしまった。
野口くんは、すぐに、あたしを支えると、苦笑いを浮かべた。
「……子供じゃないんですから」
「……わっ……悪かったわねっ……!」
少々恥ずかしくなり、視線をそらす。
すると、視界に入ったのは、不自然な程にきれいな建造物。
意匠を凝らした設計は、どこか有名な建築家がデザインしたらしい。
そう、広報紙に書いてあったのを、思い出す。
「じゃあ、ひとまず時間決めて、別れますか?」
「そうね。お互い、見たい本いっぱいだろうしね」
笑い合って、うなづく。
こういう時、野口くんは理解が早くて助かる。
――岡くんなら、きっと、ついて回って、あたしに煙たがられるだろうに。
そんな事を考えてしまい、思わず首を振った。
「茉奈さん?」
「な、何でもないわ。――じゃあ、一時間くらいで大丈夫?足りないかしら?」
いぶかしげに名を呼ぶ野口くんに、あたしは、取り繕うように笑って言った。
「――大丈夫です。じゃあ、また、ここで」
「ええ」
そう、二人うなづき合い、スマホのアラームをバイブ設定にする。
そして、昔よりも数倍広くなった図書館を見回した。
――さて、どこから回ろうか。
まるで、探検するような高揚感を覚えながら、あたしは、足を進めた。
ひとまず、野口くんとは反対側を見て回ったが、思った以上に蔵書が多くて、借りようと思って手に取った本を、戻さざるを得なくなる。
一人、二週間、十冊まで。
――時間も冊数も足りないわ。
あたしは、自分のスケジュールを思い浮かべ、ため息をついた。
これから、たぶん、忙しくなるだろうから、週末にしか読めそうもない。
小説の棚を通り抜け、隣のエリアはノンフィクション系。
そして、そこを眺めながら、どんどん奥に向かって行く。
学術系のエリアに入って行くと、やはり、人気は全く無い。
図鑑や研究資料のような、分厚い本の、よくわからないタイトルばかりが並ぶ棚に圧倒されながらも、足を進める。
そこは、あたしのような人間には縁の無い所。
興味本位で、そっと入って行く。
とりあえずは、全部見てみたい。せっかく新しくなったんだから。
そう思って足を進め――急にバランスを崩す。
――え。
原因は、左腕を強く引かれたから。
あたしは、驚いて振り返り――更に驚いた。
「――……お、岡、くん……。……何、で……」
パーカーにデニム。ラフな格好の彼は、重そうな辞典のようなものや、難しいタイトルの分厚い本を五冊ほど左手で抱え、右手はあたしの腕を取っている。
彼は、すぐに手を離すと、少しだけ視線をそらした。
その行動に、胸がきしんでしまうけれど、無理矢理押さえつける。
「――研究資料、探しに来たんです。……大学の図書館、他の人に借りられてたから、教授に、似たような内容の本、借りて来て良いって言われて……」
「――……研究……?」
あたしが、眉を寄せると、岡くんは口元を上げて耳元にそっと顔を近づけ、囁いた。
「オレ、建築学専攻なんです」
「――……っ……!」
思わず息をのみ、あたしは彼をにらむ。
ニコリと笑い返されて確信。絶対に、わざとだ。
「それに、ここ、世界的に有名な人がデザインしてるから、勉強も兼ねて」
「――……そう」
あたしは、岡くんを見上げ、戸惑う。
今まで見た事も無い、真剣な表情で、視線を上に向けている。
吹き抜けの天井も、至るところに、工夫が散りばめられて、素人でも見入るくらい。
ここは、専門で勉強している彼にとっては、良い研究材料という事になるのだろう。
そして、それは――それだけ、本気で勉強しているという事。
「……それより、茉奈さんこそ、どうして……。ここ、アパートからも、実家からも遠いでしょう?バスか何かで来たんですか」
その質問に、一瞬、迷う。
けれど、正直に口にした。
たぶん、ウソは通用しないような気がしたから。
「……野口くんが、連れてきてくれたのよ」
「――……そう、ですか……」
何かを言いたげにした岡くんに、あたしは背を向ける。
「……じゃあね。……勉強、頑張んなさいよ」
「茉奈さん」
これ以上向き合っていたら――自分がどうなるかわからなくて、怖くなった。
ドクドクと脈打つ心臓は、更に、きしんで悲鳴を上げた。