Runaway Love
 本屋の駐車場は、平日よりも、やはり混んでいて、少し遠くに停める事にした。
「何か見たいのがあれば、行ってもらって構いませんから」
「――あ、ありがと」
 あたしは、大人しく車のドアを開けてもらう。
 野口くんのクセは、やっぱり無意識で――でも、今はあまり注意しない方が良いような気がしたので、そのままにしておく。
 ――まあ、未だに慣れはしないが。
 周囲の好奇の視線も、もう、あきらめている。
「行きますか」
「あ、え、ええ」
 当然のように手をつながれ、あたしは、ぎこちなくうなづく。
 見上げれば、野口くんは、口元を上げた。

 そこに、今までには見られなかった自信を感じたのは――気のせいでは無いと、思いたかった。


 本屋でも、熱い視線を受けながら、野口くんは平然とあたしと手をつないで、いろんなコーナーを回った。
「ね、ねえ、駆くん。行きたいところあったら、気にせずに行っていいのよ」
「――大丈夫です。逆に、茉奈さんといた方が、安全ですから」
「――……あ、ああ、そういう事ね」
 離れた途端、何が起こるかわからない恐怖が、彼の中にあるのだろう。
 図書館は、公共機関という制限があったから、遠巻きにされるだけで済んだが、ここでは、そうはいかない。
 チラリと周囲を見やれば、こちらをうかがっている若い女性は、何人もいたのだ。
「……何か……ごめんなさいね。あたしが、髪切ったらとか言っちゃったせいで……」
 思えば、こうなる事が予想できたから、今まで隠していたんだろう。
 それを、あたしは、簡単に考えてしまって。
 ――もう少し、野口くんの事情を考えてあげれば良かった。
 すると、ギュッと、繋いでいた手に力が入った。
「駆くん?」
 あたしは、慌てて顔を上げる。
 また、何か精神的なものが――。
 そう思ったが、彼は苦笑いを浮かべながら、あたしを見下ろしている。
「気にしないでください。……髪を切ったのは、自分の選択ですから」
「で、でも」
「――茉奈さんに良く思われたいっていう、下心もありましたし」
 混ぜ返すように言うと、野口くんは、あたしの手を引いて雑誌コーナーへ歩き出す。
 彼の背中を見つめながら、あたしの中は、罪悪感でいっぱいになった。

 それから、お昼を国道沿いのファミレスで取り、そのまま、あたしのアパートまで帰る。
「――じゃあ、あんまり無理しないでくださいね」
「ええ、ありがとう」
 車から降りながら、あたしはうなづいた。
 野口くんは、体調を考慮してくれて、今日はこれで帰るそうだ。

 ――これ以上一緒にいたら、オレ、何するかわからないんで。

 半分冗談、半分本気の言葉に、あたしは少しだけたじろいでしまう。
 野口くんは、笑って流してくれたから、すぐに落ち着けたけれど、目は本気だった。
 だんだん、彼が”男”のカテゴリに入ってきて、戸惑う。
 それは、見抜かれているようで――だからこそ、帰ってくれたのだろう。
 部屋までたどり着くと、視線を下げる。
 野口くんは、ちょうど、車を出すところだった。
 それを見送り、鍵を開け、中に入った瞬間、へたり込んでしまった。
 あたしは、左胸を両手で押さえる。
 今さらながら、昨日からずっと、心臓が落ち着かない。

 ――それに……まさか、岡くんと会うなんて。

 ……野口くんに気づかれなくて良かった。

 そう思いかけ――今日の彼の行動を思い返し、あたしは、ギクリとしてしまう。

 ――……気づいて……ない、のよね……?
 
 外で、あんなに堂々としているのは、初めて見たのだ。
 他人の視線が気になっていたはずなのに――。
 少しは治っているのかと思ったけれど。

 ――……もし、気づいていて……無理しているんだとしたら――……。

 あたしは、その考えを振り払うように、首を振った。
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