Runaway Love
 目が覚め、ぼうっと天井を眺める。
 窓からの日差しは、もう、痛くなるくらいだ。
 枕元に投げていたスマホを手に取ると、時刻は七時半。
 いくら日曜とはいえ、先週の事もあるし、起きないと。
 そう思い、起き上がろうとすると、その瞬間、腹部に鈍い痛みを感じ、あたしはそのままベッドへ逆戻りした。

 ――……珍しく、重いなぁ……。

 痛みの波を乗り越え、どうにか起き上がると、薬箱から生理痛の薬を取り出し、少し多めの水で流し込んだ。
 まあ、これで、少しすれば効くだろう。
 朝食を食べる気もせず、あたしにしては珍しく、ベッドで横になってスマホを眺めた。
 本を読む集中力も無いので、ネットサーフィン。
 どこかの芸能人のゴシップや、政治家の汚職事件。
 まあ、いつも代わり映えのしないようなネタばかりで、食傷気味だ。
 あたしは、すぐに終わると、また眠りにつく。
 最近は夢見が悪いせいか、忙しいせいか、睡眠不足な気がする。

 ――今日の買い出し、どうしよう……。

 この状況で、いつもの重さに耐えられるだろうか。
 それに――……。
 あたしは、思わず、胸を押さえる。

 ――……また、先輩に会ったりしたら……。

 彼が、友人と、どのくらいの頻度で会っているのかは知らない。
 けれど、先週のように、また顔を合わせるような事があれば……。

 あたしは、唇を噛みしめる。

 昔とは違うと思いたいのに、今まで刺さり続けた棘が、それを許さない。

 過去に縛られ続けている自分が、ほとほと嫌になってきた。


 次に目が覚めたのは、お昼前。
 結局、うつらうつらとしながら、午前中を潰してしまった。
 ゆっくり起き上がると、薬が効いたのか、普通に動き出せ、一安心だ。
 あんまり、痛みが続くようなら、病気の可能性もあるから。
 年一回の検診は、秋にいつも受けている。
 まあ、ひと通り健康ではあるけれど、この先一人でいるのなら、一番気をつけなければならない。
 頼れるのは、自分だけ。
 ――それくらい、覚悟の上なのだから。
 あたしは、ベッドから下りると、支度を始める。
 先輩に振り回されるのは、ごめんなのだから、いつも通りにしよう。
 たとえ、会ったとしても、気にしない。
 ――それで、棘が埋め込まれていこうとも。
 ――……気にしない振りくらいは、できるはずだ。

 マルタヤに着くと、サッと店内を見渡す。
 見える場所に、先輩がいるような気配は感じられず、無意識に息を吐いた。
 ――まあ、偶然だったんだから。
 気を取り直し、あたしはカートにカゴを置き、青果コーナーから商品を入れ始めた。
 先週は、早川から不意打ちの着信があったけれど、今日は無いだろう。
 アイツも、大阪で忙しい日々なのだろうから。

 ――岡くんは……。

 昨日会った、彼の姿を思い浮かべ、軽く首を振る。
 勉強で忙しくしているだろうから、きっと、あたしのコトなんて、忘れているだろう。
 ――そう、あってほしい。
 あたしに構って、本分を忘れるような事があったら、軽蔑してしまいそうだ。
 そんな事を考えながら、無意識にカゴに入れていく食材は、いつもと同じ。
 特売の卵を手に取ると、あたしは、彼が作ってくれたオムライスを思い出した。

 ――……あんなに美味しいオムライスは、初めてだったな。

 それは、岡くんの腕が良いというのもあるんだろうけれど――自分の為に作ってくれたという事実が、更にそう思わせたんだろう。

 そして、もう、二度とないんだろうと思うと、何だか、無性にさみしくなった。
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