Runaway Love
恐る恐る、大量の人達が吸い込まれていくドアを入ると、すぐ右手にあるタイムカードに、社員証をタッチした。
続々と、ロッカールームだろう場所に向かって行く人達を見送りながら、あたしは、目の前の事務室と書かれたプレートを見上げる。
そして、そっと、ノックしてドアを開けると、中には数人がいて、話が盛り上がっているのか、なかなか大きな笑い声が聞こえた。
あたしは、少し戸惑いながらも、声をかける。
「――あ、あの……お、おはようございます。今日から――」
「ああ、本社の経理さんね!いやあ、助かりますわあ!」
挨拶を途中でぶった切り、ズカズカと目の前にやってきた、体格の良い初老らしき男性。
あたしは、再び口を開こうとするが、先を越されてしまった。
「南工場長の尾崎ですわ。こっちは、副工場長の赤坂」
そう言って、隣に来た、少々背の低い中年の男性を指さす。
副工場長は、そのまま、よろしく、と、頭を軽く下げたので、あたしも急いで返した。
「本社経理部主任、杉崎と申します。よろしくお願いします」
お互いに頭を下げ合うと、視線が合う。
工場長は、にこやかに笑い返してくれたので、それだけで、少しだけ緊張が和らいだ。
前情報では、勤続三十五年、一番の古株との事。
やはり、慣れているのだろう。場を和ませる雰囲気を、意識的に出しているようだ。
「それで、こっちが事務の柴田さん」
「ちょっと、工場長、ちゃんと紹介してくださいよ」
「自分ですりゃあ良いでしょうが」
紹介された女性は、ボヤきながらも、人懐こい笑顔で工場長を見上げる。
身長は、あたしとさほど変わらない。
小さくて朗らかなおばさま、と、いう印象だ。
工場長は、アハハ、と、豪快に笑い、あたしを見やる。
「まあ、次が来るまでという話でしょうが、実際、いつ来るのやら、というところでしてね。柴田さんから、できる限り引き継いでいってくださいよ」
「――ハ、ハイ」
あっさりと、希望の無いような事を言い、工場長と副工場長は、事務室を出て行った。
残されたのは、その柴田さんのみだ。
あたしが、彼女を見やると、ニコニコと微笑まれた。
「急な話で、本当にごめんなさいね。でも、助かったわぁ。ウチの娘、双子の出産予定でね、とてもじゃないけど一人じゃ無理だって言って」
「え」
驚くあたしを気にも留めず、彼女は続ける。
「まあ、婿さんは、出張の多い営業さんでね、月の半分いないようなものなのよ。娘ってば、育児ノイローゼになるって、産む前から言ってて。私が定年だからって、半ば無理矢理同居よ」
「――そ、そうなんですか」
思わず奈津美を思い浮かべてしまう。
――双子ではないけれど、照行くんも営業で、ちょくちょく出張も入っているようだ。
「まあ、引き継ぎっていっても、本社さんの仕事とは比べものにならないくらい、簡単でしょうから、気負う必要なんてないわよ」
「そんな事ありません。ここでは、まったくの新人ですから」
あたしが、そう言えば、柴田さんはキョトンと目を丸くし、そして笑った。
「まあまあ、真面目な人だねえ」
その言葉には、苦笑いで返すだけにした。
続々と、ロッカールームだろう場所に向かって行く人達を見送りながら、あたしは、目の前の事務室と書かれたプレートを見上げる。
そして、そっと、ノックしてドアを開けると、中には数人がいて、話が盛り上がっているのか、なかなか大きな笑い声が聞こえた。
あたしは、少し戸惑いながらも、声をかける。
「――あ、あの……お、おはようございます。今日から――」
「ああ、本社の経理さんね!いやあ、助かりますわあ!」
挨拶を途中でぶった切り、ズカズカと目の前にやってきた、体格の良い初老らしき男性。
あたしは、再び口を開こうとするが、先を越されてしまった。
「南工場長の尾崎ですわ。こっちは、副工場長の赤坂」
そう言って、隣に来た、少々背の低い中年の男性を指さす。
副工場長は、そのまま、よろしく、と、頭を軽く下げたので、あたしも急いで返した。
「本社経理部主任、杉崎と申します。よろしくお願いします」
お互いに頭を下げ合うと、視線が合う。
工場長は、にこやかに笑い返してくれたので、それだけで、少しだけ緊張が和らいだ。
前情報では、勤続三十五年、一番の古株との事。
やはり、慣れているのだろう。場を和ませる雰囲気を、意識的に出しているようだ。
「それで、こっちが事務の柴田さん」
「ちょっと、工場長、ちゃんと紹介してくださいよ」
「自分ですりゃあ良いでしょうが」
紹介された女性は、ボヤきながらも、人懐こい笑顔で工場長を見上げる。
身長は、あたしとさほど変わらない。
小さくて朗らかなおばさま、と、いう印象だ。
工場長は、アハハ、と、豪快に笑い、あたしを見やる。
「まあ、次が来るまでという話でしょうが、実際、いつ来るのやら、というところでしてね。柴田さんから、できる限り引き継いでいってくださいよ」
「――ハ、ハイ」
あっさりと、希望の無いような事を言い、工場長と副工場長は、事務室を出て行った。
残されたのは、その柴田さんのみだ。
あたしが、彼女を見やると、ニコニコと微笑まれた。
「急な話で、本当にごめんなさいね。でも、助かったわぁ。ウチの娘、双子の出産予定でね、とてもじゃないけど一人じゃ無理だって言って」
「え」
驚くあたしを気にも留めず、彼女は続ける。
「まあ、婿さんは、出張の多い営業さんでね、月の半分いないようなものなのよ。娘ってば、育児ノイローゼになるって、産む前から言ってて。私が定年だからって、半ば無理矢理同居よ」
「――そ、そうなんですか」
思わず奈津美を思い浮かべてしまう。
――双子ではないけれど、照行くんも営業で、ちょくちょく出張も入っているようだ。
「まあ、引き継ぎっていっても、本社さんの仕事とは比べものにならないくらい、簡単でしょうから、気負う必要なんてないわよ」
「そんな事ありません。ここでは、まったくの新人ですから」
あたしが、そう言えば、柴田さんはキョトンと目を丸くし、そして笑った。
「まあまあ、真面目な人だねえ」
その言葉には、苦笑いで返すだけにした。