Runaway Love
「で、こっちが、第五工場の女性陣ね」

「よ、よろしくお願いします」

 昼食時、柴田さんに連れられて入った食堂には、既に、十二時から休憩の人達がズラリと座って待っていた。
 ビックリする程の歓迎ムードに、若干、怖気づいてしまう。
 ――……な、何なの、コレ……。
 あたしは、抱えていたランチバッグを、思わず握りしめてしまう。
 各テーブルに座った人達に、柴田さんが、あたしを紹介していく。
 改めて紹介する程の事でも無いだろうに。
 そうは思っても、無視する訳にもいかず。
 大体が、パートのおばさま達なので、受け入れムードなのがありがたいが。
 少しだけいる、若い女性陣の視線は、明らかに好奇の目だ。
 もしかしたら、本社に知り合いがいたりするんだろうか。
 男性陣は、もう、最初から大歓迎。
 中年男性がメインなので、多少セクハラとも取られかねない事を言いかけるが、柴田さんが、あっさりとクギを刺してくれる。

「じゃあ、私は、明日でサヨナラだからね!みんな、杉崎さんの迷惑になるようなコト、するんじゃないわよぉ!」

 柴田さんは、そう言って、厨房を見やる。
「杉崎さん、基本、お弁当のコみたいだけど、お願いねー」
「ハイハイ!よろしくね!たまには、社食も使ってね」
「あ、ハ、ハイ」
 食堂のおばさま方は、てきぱきと動きながら、そう言って笑った。
 本社の雰囲気とは、全く違い、和やかなそれに、あたしはようやく落ち着けたのだった。


「あ、杉崎さん、明日は夕飯予定しないでね」

「え?」

 昼食を終え、午後の仕事の為、メモ帳を取り出していると、柴田さんがそう言った。
「何か、私の送別会と、杉崎さんの歓迎会するんだって」
「え」
「ウチ、夜は食堂自由解放でね、結構、みんな出前取ったりしてるのよ。で、明日、終業後六時半から、夕ご飯がてら、やろうって言われてるの」
 あたしは、目を丸くする。
 本社では、そんな文化は聞いたコトが無い。
「まあ、そういう事で、よろしくね」
「――ハ、ハイ……」
 戸惑いながらうなづくと、柴田さんはニッコリと笑い、内線をかける。
「そうそう、杉崎さん、OKだって!」
 電話の向こうで、いろいろ決めているようだ。
 あたしは、思わず苦笑いを浮かべる。
 ――仕事は大変そうだけれど、これまで会った人達に対しては、良い意味で緊張感が無い。
 平均年齢が高いせいなのか、あたしでも若い部類に入っているようで、まるで、娘に対する扱いだ。
 ずっと、ガチガチになっていた心は、少しだけ和らいできた。

 ――社長は、こういうのも込みで、出向って言ったんだろうか。

 勘ぐりすぎだろうが、あの社長だ。
 何か考えがあったとしたら、こういう事なのかもしれない――。

 今までの事で、心が(すさ)みかけていたあたしには、こんな空気が必要だったのかもしれないと、ふと、思った。
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