Runaway Love
 夕方六時に終業。
 けれど、ベルは鳴らない。
 工場は二十四時間稼働で、シフト制なのだから、次の人が来たら交代だ。
 おかげで、常に人の出入りがある。
「じゃあ、今日はここまでで。明日しかないけど、今のうちに、聞きたい事あるかしらね」
 柴田さんが、机の上を片付けながら、後ろにいたあたしを見やる。
 ひとまず、付箋でメモしていた疑問は、すべて解決している。
「――今日の分は、大丈夫かと……。あとは、実際にやってみない事には……」
 すると、彼女はニッコリと笑ってうなづく。
「さすが、本社の人は違うわねぇ。そうよね、やらなきゃ、わからないわよね。――ってコトで、明日、朝から、自分一人でやってみて?」
「え」
「私は、後ろで待機してるから。ちゃんと、見てるから、大丈夫よ」
「――……ハ、ハイ……」
 いきなりそう言われ、たじろぐが、柴田さんは、明日で終わり。
 今日も、残業扱いで残ってくれたのだ。
 本来は、六時間勤務なのに。
「――……ありがとうございます」
 そうまでしてくれたのに、できません、じゃ、申し訳無さすぎる。
 あたしは、口元をキュッと結ぶと、ニコニコと笑い返してくれる彼女にうなづく。
 けれど、口に出さない分、逆にプレッシャーを感じてしまった。 

 ロッカールームは、女性用の三部屋目。
 入ってすぐの、手前の方でありがたいが、ロッカー自体は本社よりも小さいので、カバンと上着でギュウギュウだ。
 靴は、反対側の靴箱に入っている。
 パンプスに履き替えると、背筋が自然と伸びた。
 ――何だか、久し振りだ。
 本社では、ずっと、こうやって気張っていたのに。
 すると、ロッカールームを出てすぐ、あたしは、何故か、若い女性社員の集団に囲まれた。
「――あ、あの……?」
「あの!杉崎さんって、イケメンの彼氏さんがいるって、ホントですか⁉」
「……は?」
 突撃してきた女の子は、まだ、二十代前半のよう。
「……えっと……?」
 あたしが答えに迷っていると、彼女達は、お互いに見合う。
「会社内のSNSで、グループ作ってるんですけど、本社のコも少しいて。ウワサが流れてきてるんで」
 ――……ああ、そうか。
 よく、外山さんや野口くんが言ってたアレか。
 こういう風に影響があるのだと、初めて実感する。
 ――さあ、どうやって収めよう。
 下手な事を言えば、すぐにマイナスに取られかねない。
 あたしが、そんな事を考えていると、隣のロッカールームから、柴田さんが笑いながらやってきた。
 彼女も、おばさま社員数人と一緒だ。
「アンタ達ねぇ、そういうのは聞くモンじゃないわよ!」
 隣にいた体格の良い大柄な女性が、苦笑いしながら諫める。
永山(ながやま)さん!でも、気になりません?」
「そんなモンは、どうでも良いの!本人が話したがらなそうなの、わかんないのかい?」
 その言葉に、あたしは、ギクリとしてしまう。
 永山、と、呼ばれた女性を見やれば、お見通しだという顔で微笑まれた。
 一喝されてしまった彼女は、あたしに頭を下げる。
「それもそうですね、すみませんでした!」
「え、あ、あたしこそ、ごめんなさい。……ちょっと、いろいろあったものだから……」
 そう言うと、若い集団は、納得したように視線を交わす。
 ――ああ、あたしから、言質を取りたかった訳か。
 素直すぎる反応に、苦笑いが浮かぶ。
 また、心がささくれ立ってしまいそうだ。どうしようか。
 そんなあたしを気にも留めず、永山さんは、手を払うように振る。
「ホラ、解散、解散!さっさと帰りな!アンタ達も、彼氏が待ってるんでしょうが」
「えー!アタシ、この前別れたんですよー!永山さん、慰めてー!おごってー!」
「ハイハイ!アンタみたいな、明るいコ、振るなんて後悔するわよ、その男!」
「振られてませんー!振ったんですー!」
 軽口の内容にビビッてしまったが、どうも、本社のように、根が深いものでは無いようだ。
 この工場は、みんな、こういう空気なんだろうか。
 たじろぎながらも、タイムカードを切り正門へ向かうと、ざわざわと喧騒が大きくなる。
「ホラ、何してんの、アンタ達!公道で邪魔になるでしょうが!」
 永山さんが一緒に出てきて、そう叫ぶと、その辺りにいた若い女性の集団が、こちらを見た。

「あ、来ましたよ!」

 ――え?

 明らかに、あたしに視線を向けられ、戸惑う。
 すると――。

「お疲れ様です、茉奈さん」

 正門から、こちらに顔を向けたのは――。

「……の……か、駆くん?」

 言い直したあたしに、彼は苦笑いで微笑みかけたのだった。

 
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