Runaway Love
 それから、野口くんに送ってもらい、アパートに帰ったのは十時を過ぎたあたりだった。
 今日は、さすがに、実家に行く気力も時間も無い。
 それに――奈津美が退院したら、もう、引っ越してくるだろうから、頻繁に行く必要も無くなるだろう。
 また、足が遠のくかもしれないが、それで良いのかもしれない。

 奈津美がいる限り、岡くんとのつながりは切れないのだから。


 翌日、バス通勤二日目。どうにか遅刻しないで済んだ。
 昨日と同じ、八時のバス。
 到着も、ほぼ同じ時間。
 イレギュラーも無く、無事に南工場に到着した。

「――おはようございます」

 ロッカーに荷物を置き、靴を履き替えると、事務所前でタイムカードを切る。
「おはよう、杉崎さん」
「おう、おはようさん」
 部屋に入れば、既に柴田さんが工場長と話していて、顔だけ向けて挨拶してきた。
「じゃあ、今日は最初からお願いしますね」
「――ハイ」
 あたしは、うなづくと、まず、金庫のダイヤルを回して開け、鍵を取り出し現金を確認。
 そして、デスク脇に置いてある棚の上、用件別に分けられた数個のカゴに、それぞれ入っている領収証や発注書を見やる。
 二十四時間稼働の上、人数が多いので、事務で処理するのは前日分。
 イレギュラーが無い限り、締め切りは当日朝九時――始業時間までだ。
 それがルール。
 領収証のカゴには、そんなに入っていないが、白衣などの作業着の発注書のカゴは山になっていた。
 あたしは、書類を手に取ると、まず、さっと全体の内容を確認。

 ――第一工場の機械部品、第三工場の人の長靴、第四工場の中央エリアの電灯の取り換え。

 初っ端から、色々とあって、混乱しそうになる。
 あたしは、昨日取ったメモを取り出し、パソコンで発注書の原本を探す。
 そして、打ち込んだら、印刷。
 発注先は様々で、いちいちファックスしなければならないのは、面倒ではある。
 そんな事を、何度か繰り返していると、不意に部屋のドアがノックされた。

「荷物、お願いしますー!」

「あ、ハ、ハイ!」

 慌てて向かうと、宅配便で、ハンコかサインという事。あせりながらもサインをして用紙を渡した。
 颯爽と去って行くお兄さんを見送り、息を吐く。
 後ろで柴田さんが見ていると思うと、緊張してしまうが、頭の中で、手を付ける順番を考える。
 そして、どうにか、次々とやってくる仕事を捌き終えた頃には、お昼の時間になっていた。


「さすが、本社の人は違うわねぇ」

 お昼休み、食堂でお弁当の包みを開けていると、目の前の席に、柴田さんが定食の乗ったトレイを置いて座った。
「柴田さん」
「私、感心しちゃったわ。一日、説明しただけで、もう覚えちゃうなんて」
「――いえ、まだまだ、メモ見たり、聞いたりしてますから」
「それでもよ。ちゃんとやる気があるから、覚えも早いのよ」
 これは、褒められているんだろうか。
 あたしは、戸惑いながらも、ありがとうございます、と、返すと、柴田さんは、ニッコリと笑い返してくれた。
 そして、二人で向かい合って、仕事の話をしながら食べていると、

「お疲れ様!あたし等も、一緒に良いかい、お二人さん!」

 永山さんがそう言って、隣のテーブルを寄せてきた。
 すると、次々と輪が広がり、最終的に、十人近くのおばさま社員達に囲まれて、お昼ご飯となったのだった。

 柴田さんが、今日で終わりという事で、いろいろな思い出話に花が咲き、あたしは、水筒のお茶を飲みながら、聞き耳を立てる。
 創業当初からのメンバーが多いので、聞いた事の無い名前が出てきたり、社長や工場長が結構な扱いをされていたりで、思わず苦笑いしてしまった。

「それじゃあ、今日、終業後直行ね!」

 あたしと柴田さんが、お昼を終えて戻ろうと挨拶をすると、永山さんが、大きな声でそう言ったので、二人でうなづく。
 ロッカーに荷物を置き、再び事務所に戻って、仕事の続きに手を付ける。
 そして、終業まで、柴田さんに確認をいろいろしながら、どうにか無事に終える事ができた。
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